第488話 IT難民

 いろいろやってたら宿に帰って来る時間が遅くなってしまった。


 宿に入ると、もう夕食の時間に入ってるようで、食堂はだいたい埋まっていた。


 食堂にフェリエたちがいないので、そのまま部屋に向かった。


 ノックをすると、すぐにフェリエの声がし、ドアが開かれた。


「なんだ、ベーか。ノックするからタムニャかと思ったわ」


「親しき仲にも礼儀ありってな、なんでも馴れ合えばイイってもんじゃねーさ」


 それは女に隙を見せるようなもの。我が身がカワイイなら気を使え、だ。


「ベーって、変なところで潔癖よね」


「お前が雑すぎんだよ。宿だからって直ぐにドアを開けんな。まず誰かを確認するなり気配を感じ取れ。もしくは、いつでも戦闘できる態勢を取れ。敵は不意を突いてくんだぞ」


「……それ、村人の心構えじゃないわよ……」


「生きるのに村人も冒険者もねー。弱者も強者も関係ねー。死にたくなけりゃ常に備えろ。それが生者の心構えだ」


 のらりくらりと生きられる世界ならそれでも構わんが、油断したら狩られる世界では全方位に目を耳を、そして勘を働かさなければ生き残れない非情の世界。オレは生きるためならどんな労力も厭わねーぞ。


「……わかったわよ。気をつけるわ……」


 拗ねるフェリエに苦笑するも、それ以上は言わない。失敗もまた勉強だからな。


「タケルは帰って来たか?」


「ええ。少し前に帰って来たわ。なにか、疲労困憊って感じで」


 ふふ。無事帰って来れたか。ご苦労さま、だな。


「んじゃ、夕食にするか」


 もうタケルの腹時計的には夕食は過ぎてる。それを忘れてんだから相当疲れてんだな。


「……悪い顔してるわよ……」


 おっと。それは失礼しました。


 表情を引き締め、部屋を出てタケルたちの部屋のドアをノックする。


 出て来たのは猫耳ねーちゃん。なにかちょっと不機嫌模様。どーしたん?


「……タケルから女の臭いがする」


「フフ。一人占めしたいのならガンバんだな。タケルは天然のたらしっぽいからよ」


 まだまだ青く、優柔不断だが、心に一本の柱を立ている。こう言うヤツは強くなる。一人前の男になる。


 見る目があり、勘のよい女ならタケルの価値を見抜くだろう。ならば、タケルと同等か、それ以上にならなければタケルをものにするのは不可能だ。


「求めよ、さらば与えられん、だぜ、猫耳ねーちゃん」


「ど、どう言う意味よ?」


「常にガンバレ。そしたら勝ち取れるって意味さ。これから先、タケルはイイ男になって行く。猫耳ねーちゃんはそのままでいるか、それともタケルと一緒に進むか。全ては猫耳ねーちゃん次第だ」


 アドバイスはこれで最初で最後。願わくばタケルの成長の糧となれ、猫耳ねーちゃんよ。


 俯く猫耳ねーちゃんをそのままに部屋へと入ると、タケルがベッドの上でぐったりとしていた。


「生きてるか?」


 反応を見せないタケルの頭をベシベシと叩いた。


「……死んでます……」


「そうか。なら、しばらく死んでろ。明日も生き返ってあのチビっ子の世話をすんだからな」


 ビックと反応するタケル。よほど辛かったんだろうよ。


「……いきたくないです……」


「なら、いかなきゃイイさ。決めるのはタケルだしな」


 オレはやりたくねーことはやらねー主義。そんなオレが他人に強制なんてできる訳もねーだろう。


「んじゃ、オレらは夕食にすっか。さーて。今日は海鮮鍋にして、シメに雑炊――」


「――腹減ったので生き返ります!」


 と、復活宣言すると、バビュンと部屋を飛び出していった。


「まったく、現金なヤツだ」


 肩を竦め、皆で食堂へと向かった。


 女将さんには、持ち込みであることを告げ、収納鞄から海鮮鍋を取り出した。


 できたて熱々を結界で閉じ込めたので、解けばすぐにいただきます。


 ふーふー言いながら食うタケルに苦笑しながら次の海鮮鍋を取り出し、フェリエと猫耳ねーちゃんによそってやる。


「ベーは食べないの?」


「帰る途中で買い食いしてきたから雑炊だけ食うよ」


 腹四分だが、二杯も食ったら腹一杯になる。オレは本体より雑炊を食う方が好きなんだよ。


「ときにタケル。この腕時計型の通信機ってまだあるか?」


「はぶれほう」


「飲み込んでからしゃべれ。意味わからんわ」


 ライバルたるモコモコガールがいねーんだからゆっくり食えや。


「うぐん。なら、これをどうぞ」


 と、胸のポケットから長方形の板? を取り出し、オレに渡した。


「……えーと、これ、アレか?」


 前世じゃ縁のなかったものとは言え、そこまで無知じゃなかった。なんであるかわかるが、なんか理性が認めるのを邪魔してんだよ。


「似て非なるものです。スマッグって言いますし」


「なんかいろいろアウトな気もしねーではないが、ここは一先ず飲み込んでおこう」


 ファンタジーとかSFとかメルヘンとか、もうチャンプル状態。突っ込みたくもねーわ。


「で、これ、通じんのか? この世界で?」


 いくらなんでもアニメだからとは納得できねーぞ。


「ビーコンで中継するので大丈夫です。ただ、嵐山に搭載されてたビーコンではボブラ村とバリアルの街までが限界ですけど。中継機を飛ばせば半径二百キロまでならカバーできますよ」


「あ、いや、通じんならそれでイイよ」


 理屈があんならそれで納得するよ。たまにそうしねーとオレの中のなにかがブチ切れそうだからな。


「これは幾つあんだ?」


「在庫はそれを混ぜて三つですかね。もともとアニメキャラの私物で、七つしかなかったんですよ」


 そう都合よくはなかったか。まあ、余分があるならよしとしよう。あとはエリナにがんばってもらえばイイんだからな。


「夕食が終わって落ち着いたらプリトラスに行くから一緒に来てコーリンに使い方教えてくれや。ついでにオレにも」


 IT難民のオレには正直厳しいが、他ががんばってんのにオレが努力しねーでは示しがつかん。根性だせや、オレ、である。


「わかりました。と言っても操作は簡単だから教えるもないですけどね」


「…………」


 ファンタジーな世界でIT危機に陥るオレ。平成の世に生まれたかったです……。

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