第487話 夢を叶えよ

 領主夫人が帰り、しばしの余韻にひたってから院長さんを見る。


「多分、働き手が必要になってくると思う。働きたい者がいたらよく勉強させてくれや」


「はい。畏まりました」


 慈愛に満ちた笑顔に苦笑を返す。


「あと、明日は孤児院の建物を新しくする。今ある荷物は外か修道院の方に移してくれや」


「孤児院を新しくする、ですか?」


「ああ。まあ、百聞は一見にしかず、だ」


 収納鞄からブララジャムの小瓶を一つ出し、院長さんの前に置く。


 不思議そうな顔をする院長さんに笑みを送り、小瓶を少しずつデカくして行き、だいたいバケツくらいで止めた。


「最近、手に入れた力でな、この通りものをデカくしたり小さくしたりできるんだよ。なんで、建物は作ってある。ベッドやタンスと言ったものも付属してある。まあ、さすがに便所はつけらんねーんでもとのを使ってくれ。風呂は薪を使ったものを作ってもらった。薪は一応、一月分は用意した。足りなくなったら届けるようにしておくよ」


 サリネにはそう言う注文で作ってもらってるし、一月以内には飛空船をバリアルに寄越す。その繋ぎだから間に合うだろうよ。


「……ベー様には不要でしょうが、どうか感謝をのべさせてください」


「好きにしたらイイさ」


 肩を竦めてみせた。


 オレが勝手にやってることとは言え、それはオレからの視点。院長さんには院長さんなりの視点がある。だから、勝手にしたらイイ。その思いは院長さんのものなんだからよ。


「ありがとうございます」


 誠心誠意、あらん限りの感謝に、湯飲みを掲げて応えた。


「そんじゃ、特に修繕する箇所もねーし、今日は帰るわ。他にもいろいろあっからよ」


 ジャックのおっちゃんのところや買い物もしてーしな。


「はい。また明日お待ちしております」


「あいよ。あ、そのジャムはチビどもに食わしてやってくれ。もちろん、院長さんたちもどうぞ」


 貧清を重んじる修道女とは言え、欲(甘いもの)に勝てる女は少ない。特に院長さんは大の甘党だ。お布施以上にブララジャムを渡す方が喜ばれるのだ。


「はい! ありがとうございます!」


 輝かんばかりの笑顔に見送られ、孤児院を出た。


 さて、タケルはどこだと捜すと、一人のチビっ子(たぶん、女、だと思う)を肩車していた。


「なにしてんだ?」


「あ、いや、なつかれちゃって……」


 そのチビっ子をに目を向けたら、なにやら無表情。とても楽しんでいる顔ではねーが、雰囲気や態度からは確かになつかれるのはわかった。


「そうか。なら、夕方まで遊んでやれ。オレは買い物してから宿に帰るからよ。ライゼンは置いてくな」


「え、あ、帰るならおれも帰りますよ」


 その言葉にチビっ子がタケルの頭にしがみついた。まるで絶対に放さないって感じで。


 ……ふ~ん。なかなか賢いチビっ子だな……。


「そのチビっ子と遊んでやれ。買い物に付き合ったっておもしろくねーだろう。それに、子どもの相手すんのも慣れておけ。なんかお前、数年後には猫耳ねーちゃんとの間に子どもとか作ってそうだしよ」


 言ってチビっ子を見ると、目に嫉妬の光りが輝いた。


 女は生まれたときから女、か。おっそろしーね~。


「タ、タムニャとは、まだそんな関係じゃないですよ!」


 顔を真っ赤にさせる青少年くん。


「まだ、なだけでいずれはそうなんだろう。女は一度狙った獲物は逃がさねーぞ。特に惚れた相手は、な」


 それに、あの猫耳ねーちゃんは超肉食系女子っぽいから逃してはくれねーぞ。ってまあ、オレの勘だけどよ。


「まあ、この時代では十五で結婚するやつも少なくはねー。誰に遠慮はすることなく、したけりゃすりゃイイさ」


 結婚の経験はねーが、家族のよさなら知っている。一度知ったら止められねーぜ。


「そ、そんな、まだ結婚なんて考えられないですよ……」


「ふふ。お前の場合、流れに負けてそのままゴールインって感じだな」


 所謂、できちゃった婚タイプ。まあ、これもオレの勘だがよ。


「するもしないもお前の判断。それに、この時代特有の一夫多妻もありだ。養える金と器量があれば誰も文句は言わねーぜ」


 まあ、妬まれるとは思うがよ。


「おれ、ハーレムは嫌いです! 愛する人は一人で充分です!」


「そうかい。まあ、ガンバな」


 一人の女を愛する。それは当然で、可能なことに思えるだろう。それが前世、だったらな。


 生憎とここは弱肉強食なファンタジーな世界。金があり力がある男が一人の女を愛するなんて、ハーレムを築くより難しいことである。


 猫耳ねーちゃんが特別って訳ではなく、この時代の女はだいたいが肉食系だ。清楚で奥ゆかしいなんて幻想の中にしか存在しねーよ。


 女の攻撃を交わす。まさに至難の業であり、経験と覚悟、そして強い意志がなけりゃ回避するなんて不可能。知らない間に全方位囲まれ、掘りも埋められ、梯子まで外されて、逃げ道なしの状況に持っていかれる。まさに天才軍師を相手にするかのようだぜ。


「少年よ、苦難苦闘を乗り越え、その夢を叶えよ」


 それまで生きて(純潔を保て)られたなら、だがな。


「んじゃ、宿でな」


 わらわらと寄ってくるチビっ子どもをいなしながら孤児院をあとにした。

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