第486話 よき未来を勝ち取れ

 問いかけるオレに、領主夫人は深い思考に入った。


 こちらも深い思考へと入り待たせたので、納得行くまで考えなと、サプル特製の白茶を湯飲み……じゃワリーので、同じくサプル作のカップを出して注いでやった。あと、院長さんと娘にも。


 オレはコーヒーでお待ちします。


 コーヒーを二杯飲み干したところで領主夫人が思考の海から上がって来た。


「将来は見えたかい?」


「はい。都合のよいものですが」


「ふふ。イイんじゃねーの。オレも都合のイイ方向に人生を持っていってるからな」


 まあ、そのためにいろいろ努力したり苦労したりするがな。


「羨ましい限りです」


「欲しいのなら勝手に手に入れな。領主夫人様は、幸運の女神に愛されてるようだからな」


 オレは愛されてる様子が見て取れねーが、周りが幸せになってくれんならオレにもおこぼれがありそうだしよ。


 ……なんか苦労だけがこぼれてる気もしねーでねぇが、周りが不幸になってなねーんだから幸運なんだろう、うん……。


「幸運の女神、ですか。ふふ。確かにそうかも知れませんね。少々手厳しいですが」


「甘えるなってことなんだろう」


 幸運に感謝してもイイ。だが、期待したらダメだ。自分の力で生き抜くくらいの気概がねーと人生ダメにするぜ。


「そうですね。あとは実力で勝ち取りませんと」


 ふふ。イイ気概だ。全力で応援したくなるぜ。


「そんで、どうしたい?」


「家を静め、繁栄の道を望みます」


 きっぱりと言い切る領主夫人。覚悟はよろしいようだが、それだけじゃ足りんな。


「そのためにはどんな苦労も厭わない、と付け足してもらえるなら最高なんだがな」


「もちろんです。わたくしでできることならなんでもいたします」


 ハイ、言質をいただきました。


「なら、昨日の件は領主夫人に責任を取ってもらう。嫌なら領主の責任とし、大公様より沙汰を下していただく。どちらを選ぶ?」


「わたくしが全責任を負います」


「ならば、大公様の名により、領主夫人を責任者と認め、領主夫人に全権を任せる」


 言って大老どのからいただいた紋章を取り出し、テーブルに置く。


「これを領主夫人に貸し与える。大公様が見えていると思い、精進せよ」


 芝居がかった口調で紋章を領主夫人へと押し出した。


「……こ、これは……」


 意味がわからないと困惑している。


 まあ、紋章を貸すなど権力を貸すようなもの。余程信頼がなければあり得ないことだろう。大老の名のもとに好きなことができんだからな。


 そんな領主夫人に悪戯っぽく笑って見せた。


「これで領主夫人は、大公様の後ろ楯を得た。女だから、などは言わせないし、言ったら大公様の敵と見なす。そして、その紋章及び領主夫人に傷をつけたら、どうなるかは……想像に任せるさ」


 オレもなってみなくちゃわからんが、まあ、イイ未来じゃねーのは確かだな。


「家のことは家の者に任せるとして、だ。大公様の使いに手を出した罪だが、バリアルの街の北側、森林地帯の開拓、そして整地を要求する」


「はい?」


 素の反応を見せる領主夫人。


「将来、そこを飛空船の発着場とし、バリアルの農産物を輸入したい」


「…………」


 驚愕に声を失う。が、驚愕したと言うことはオレの言葉と意味がわかったと言うことだろう。


 驚愕から立ち直るのを、コーヒーを飲みながらゆっくり待つ。が、領主夫人の豪胆さを示すように一分もしないで我を取り戻した。


「……あなたと言う人は……」


「さて。次だが」


 そんな領主夫人に構わず話を続ける。


「領主夫人を全面的に信じるなんてことはできねー。そこで、娘さんを人質として預かる。ときに、伯爵令嬢でコーリンと言う名を耳にしたことはあるかい?」


「コーリン? それはサリオ伯爵のご令嬢のことですか?」


 サリオ? そんな名だっけ?


「あ、ああ。衣装に執着した令嬢だ」


 たぶん、あっている方向で話した。


「ならば知っています。コーリン嬢は有名ですから」


 有名なんかい。いやまあ、あの性格だし、当然と言えば当然か。


「そのコーリンがオレと一緒に来ているんで、娘をコーリンに預ける。まあ、一度コーリンに会って話をするとイイ。あと、これは一人言。誰か商会の頭取となってくんねーかな? コーリン、服を作ることには情熱的なんだが、経営にはまったく熱意を見せねーんだよ。まったく、どこかに働く女性はいないもんかな~」


 なんてわざとらしいにもほどがあるが、まあ、これは一人言。オレの心が漏れたもの。伝わってくれんならなんでもイイさ。


 ニヤリと笑うと、一瞬驚いたもののすぐに表情を引き締めた。


「さてと。オレの言いたいことは言った。やるもやらぬも領主夫人様次第」


 どうすると領主夫人を見る。


「……本当にあなたときたら……」


 なんだいと満面の笑みを見せる。


「いえ、なんでもありません。わたくしも一人言を言いたくなりました」


 ご勝手にと、そっぽを向き、コーヒーを注いで口にする。


「……わたくしもコーリン嬢のように自分の信念のままに生きてみたい。そんな道があるならわたくしはどんなことをしても進んでみせます」


 収納鞄から銀貨金貨が詰まった革袋を取り出し、そっと領主夫人に差し出した。先立つものは金。わかるなら受け取れや。


 それが、わかったかどうかは知らんが、小さく感謝の言葉をのべて受け取った。


 少し時間をおいて領主夫人へと視線を戻す。


「全てはベーの、いえ、わたくしの責任で動きます」


「ああ。がんばってくれや。娘は、明日にでも連れてきな。人質にするにしても準備があっからよ」


 ドレミが就寝してると言ってたから今は無理だろうからな。


「はい。では、失礼します」


 行動力のある領主夫人に、湯飲みを掲げ敬意を示した。


 よき未来を勝ち取ってくれや。

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