第485話 幸運のメルヘン
心と思考を落ち着かせるために、収納鞄から魔法瓶を取り出し、湯飲みに注いだ。
目を丸くする母と娘を微かに意識が捉えるが、気にせずコーヒーを口にした。
時間をかけて飲み干した頃には、どちらも落ち着きはしたが、あえて口にはせず、テーブルを指でトントンと叩いた。
預かる理由は、まあ、なんとなくだが、わかる。いや、可能性として考えられることは二つ、と言うべきか、オレに差し出す的なことか、もめ事から娘を守りたいと言う母心だろう。
そう至った経緯もわからなくはないが、あくまでもオレの想像。正しいとは限らねー。まあ、聞くのが早いってことだな。
「……それは、オレに、ってことかい? それともここに、ってことかい?」
そう、真っ直ぐ領主夫人を見て問うた。
「ベーの判断に任せます」
なんとも丸投げな返答をされてしまった。
丸投げ常習犯のオレが言うべきじゃないが、なんとも無責任なことを言ってくれるぜ。
「はぁ~。どう言った理由からだい?」
せめて理由を知らなきゃ判断できんよ。
「身内の恥を晒すのは身を引き裂かれる思いですが、今のバリアル家は憎しみと猜疑心で満ちております。昨日の恥もその一つです」
まあ、あれを堂々と言えたらどんな厚顔無恥だよ、ってな話だわな。
「我が家では三つの思惑が渦巻き、混沌としています。昨日の件で思惑は一つ消えましたが、なにも解決しておりません」
なんとも抽象的な説明だが、簡単に言ったらお家騒動。犬も食わねーもんと同じだ。だが、関わっている者としたら重大事項。避けては通れないものだ。
もちろん、この街で生きている者にとっても他人事じゃねー。誰になるかで自分たちの生活が良くも悪くもなるんだからな。
抽象的な説明は続くが、オレの考えるな、感じろピューターは、重要なことだけを選択して脳へと送った。
で、話を要約すると、だ。
このゴタゴタが終わるまで娘を預かって欲しい。それも、もっともな理由で、他のバカどもに手出しされないように、とのことだ。
なんとも難題で、他人任せなことである。
メンドクセーと蹴るのは簡単だ。オレの事情じゃねーんだ、ここの一族がどうなろうと知ったこっちゃない。滅びるなりなんなり勝手にしろだ。
だがしかし、である。
領主夫人との出会いを蹴るのはオレの勘がダメだと叫んでいる。このご婦人は賢いだけじゃなく行動力もある。なにより柔軟性があるのがイイ。
こう言うタイプは味方にしておく方が吉と出る。ならば、相手の要望に沿う形で進めるべきである。
……あるんだが、そう持っていくのが難題なんだよな……。
二杯目のコーヒーを湯飲みに注ぎ、更に思考をクリアにする。
ああでもないこうでもないと考えていると、目の前にプリッつあんが現れた。
「ベー。水が切れたから補充してよ」
なにやら疲労困憊な感じで、いつもの元気がなかった。
「水? 水なんてどーすんだ?」
「お風呂に使うに決まってるじゃない。入ろうとしたらないんだもん、嫌になっちゃうわ」
メルヘンに風呂文化などないのに、サプルの影響で風呂好きになったプリッつあん。し〇かちゃん並みに風呂に入るのだ。
「水なら適当に補充したらイイだろう。そこら辺にあんだからよ」
「あんな汚い水なんて嫌よ。わたしは軟水派なのよ」
軟水って、そんな言葉どこで覚えてきてんだ、このメルヘンは? つーか、なに贅沢になっちゃってんの、このメルヘンさん。メルヘンなら朝露で顔を洗ってろや。
なんて言っても聞かないのはよく知ってるし、プリトラスは……ん? 今なにかよぎったぞ?
えーとんーと、今、なにか名案っぽいものが浮かんだんだが、つかみそこねた。クソ! こーゆーとき己の凡人さを痛感するぜ……。
「ベー。水~。コーリンたちも使うんだから~」
「――それだ!」
プリッつあんのセリフに、逃げた名案が帰って来た。
クソ! ほんと、オレは凡人だぜ。すぐそこに名案があったじゃねーかよ、こん畜生がっ!
「ベ、ベー?」
ワケワカメなプリッつあんをわしっとつかみ、よくやったと頬ずりをしてやる。
大人しくなった幸運のメルヘンを頭に乗せ、飲みかけのコーヒーを一気に飲み干した。
「領主夫人様。昨日の一件は、領主の耳には入ってるかい?」
「え、ええ。入っていますが……」
戸惑いながらも答える領主夫人。本当にできるご婦人だよ。
「で、どう判断を下したんだい? 非公式とは言え、大公様の使いに手を出して、なにもなしってことはあるまい?」
それで通るなら貴族として失格。どころかバカだ。王様に次ぐ権力者であり、その孫は宰相だ。たかだか地方領主に逆らえる格ではねー。その気になれば領地没収も可能なのだろうよ。
「……思考放棄しております……」
それはつまり、領主として失格ってことか。そりゃ、もめもするわな……。
「さて、領主夫人様。あなたは、この領地をどうしたい? 潰れてもかまわねーかい? それとも繁栄させたいかい? それとも勝手にしろと投げ出したいかい?」
まずは領主夫人の考えを確かめなくちゃ始まらん。
さあ、どうしたい?
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