第484話 はい?

「あ、ベーさまいた~!」


 あともう少しで修道院を一周しそうな頃、チビっ子の一人がこちらへと駆けて来た。


「ん、どーした?」


「院長さまがお昼にしましょーって」


「あ、もうそんな時間か。わかった。今いくと院長さんに伝えてくれ」


「はぁ~い!」


 素直なチビっ子に自然と笑みが溢れ、残りちょっとの修繕を済ませた。


 水場で手を洗い、食堂へと向かうと、もう全員が揃っていた。ついでに、領主夫人と、その娘も。


「ベー様、こちらへ」


 と、臨時につくられただろう席に案内された。


 そこには、領主夫人に娘、院長さん、タケルがいた。


「領主夫人様に出せる料理じゃねーんだがな」


 食事改善されたとは言え、孤児院の食事は質素であり、腹が膨れるものが中心になっている。まあ、栄養バランスを考えて肉や卵も出すようにはしているが、領主夫人に出す料理ではねーな。


「お気遣いなく。ありのままの姿を見たいのでわたしは構いません」


 まあ、領主夫人がそう言うのならご自由に、だ。


「タケル。連れの騎士殿たちに昼を用意してやれ。なにも食わないんじゃ可哀想だしよ」


 テーブルに置かれた料理にがっかりするタケルに言ってやる。


 一瞬、なにを言われたかわからない顔をしていたが、すぐにオレの意図を察し、笑顔で立ち上がった。


「わかりました! おもてなしして来ます!」


 バビュンと食堂を出て行った。まったく、こんときばかりは人の域を出やがって。もっと重要なときに出しやがれ。


「ベー様。騎士様たちには……」


「騎士にもたまには息抜きが必要さ。まあ、タケルにやらさせてくれや。構わんだろう?」


 主たる領主夫人にお伺いをたてた。


「ベーにお任せします。よしなに」


 じゃあ、そーゆーことで。昼食の音頭をどうぞ。


「精霊と人の恵みに感謝を」


 パニア修道院独特の祝詞を唱えると、他全員が復唱した。


「これは?」


 その様子にびっくりした領主夫人がオレに尋ねてきたが、そればかりはオレの口からは言い難いので、院長さんに目で振った。


「最初は精霊とベー様に、だったのですが、己の都合と打算でやってる者に感謝は不用と譲ってくれませんので、人に変えてようやく許しを得ました」


 二人から生暖かい眼差しが来るが、そんなもの全力無視で昼食をいただいた。


「……美味しい……」


 食事中はお静かにがルールの修道院で、声をあげた……のは娘だった。


「あ、失礼しました!」


 全員の視線が自分に集中していることに気が付き、顔を真っ赤にさせて俯いてしまった。


「ふふ。そりゃ、料理をしたヤツになによりの言葉だな。これは、あの二人が作ってんのかい?」


 余所様の家にお邪魔させてもらってる身であり、余所様の家のルールにどうこう言うつもりはねー。郷に入れば郷に従えな考えではいるが、文化の違いを押し付ける気はねーし、客に恥をかかせるのも偲びねー。ここは、客を立てることにすっか。


「はい。二人が一生懸命作りました」


 オレの意図を理解した院長さんが即座に応えた。


「そうかい。がんばってんだな。あとで美味しいと評価を得たと伝えてやってくれ」


「はい。二人に必ず伝えます。アリエス様。ありがとうございます」


 頭を下げる院長さんに、戸惑う娘。まあ、母親のようには反応できんわな。


「紳士ですね、ベーは」


 からかうような眼差しに、肩を竦める。


「『男よ、紳士たれ』がうちの家訓だからな」


 まあ、オレが考えたんだが、長く生きた者の人生訓。努々忘れることなかれ、だ。


「素晴らしい家訓ですこと。我が主様にも見習っていただきたいものです」


 どうやらここの領主は、男として失格な人らしい。まあ、この領主夫人……って、この領主夫人、序列は何番なんだ?


 伯爵ともなれば愛人や側室がいても不思議はねー。ましてやバリアルは穀倉地帯として結構豊かな場所だ。それこそ、もめ事をしていられるくらいに裕福ときてやがる。


「不躾で不快かも知れんが、領主夫人様は、本妻なのか?」


 生憎、そこまで調べてねーんだよな。興味もなかったしよ。


「はい。後添い、ですが」


 あーなるほどなるほど。そーゆーわけね。あ、いや、妄想の類いだが、なんのもめ事かはだいたい理解できたよ。


「そうかい」


 とだけ言っておいた。


 それこそ余所様の家のこと。他人が口出すことじゃねー。が、その余所の家に招待したいと思ってるんだろうから、なにをか言わんや、だな……。


 再び静かに昼食をいただき、院長さんのごちそうさまで昼食が終わった。


 チビっ子どもは遊ぶのが仕事とばかりに、広場へと飛び出していった。


 何人かこちらに来るものの、副院長さんや他の尼さんに嗜められ、全員が食堂がら出ていった。


 しばし、食後の茶をゆっくりまったり堪能し、落ち着いたところで、領主夫人に目を向けた。


「で?」


 とだけ問う。どうせ、どうしたいかを考えたた上で出て来たんだろうからな。


「娘を預かっていただけませんでしょうか?」


 ってなことを宣った。


 ………………。


 …………。


 ……。


 はい?

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