第483話 できる女はカッコイイ

 四人が動き出し、食堂から消えたら院長さんに目を向けた。


「さて。本題も終わったし、いつもの話に戻ろうか」


 はいと、院長さんが返事し、副院長さんが紙の束をテーブルに置いた。


 この紙の束は、修道院と孤児院の家計簿的なものだ。


 オレが寄付した金をなにに使ったとか、どのくらい使ったか、オレ以外からの寄付はいくらもらったとか、まあ、ざっくばらんなことが書かれたものだ。


 まあ、監査ってほどでもねーが、こう言うけじめがあってこその運営だ。メンドーでもやっておかんと後々大変になるんだよ。


「……この、清掃費ってのは、なんだい?」


 前に来たときはなかった項目があった。


 銅貨で何十回と支払われているんだが?


「以前、ベー様が子供たちのお手伝いを真似てスラムの子にもやり始めました。三日に一回。孤児院の子に混ぜ、街でゴミ拾いをさせ、その駄賃として一人銅貨一枚を渡しております」


「へー。それはまたおもしろいことしてんな。で、首尾は?」


「最初は駄賃欲しさにズルをする子はいましたが、カラエルたちの協力で、程々にやっいけてます」


 ふふ。本当に変われば変わるものだな。あの悪たれどもは。


「そうかい。まあ、いろいろやってみるとイイさ」


 自分の未来は自分で築く。試行錯誤しながらガンバレだ。


 それ以上は口にせず、残りを見ていく。


 清掃費以外は別に問題もないようだ。まあ、表記上は、だがな。


「おし。わかった。今後もよろしくな」


 オレの言葉に院長さん以外の修道僧がホッと息を吐いた。


 毎回そんな厳しくしてねーんだが、調べられると言うのは結構緊張するものである。やましいことをしてなくてもな。


「ほんじゃ、周りを見て来るよ」


 寄付で終わりじゃ無責任。ちゃんと住む場所、住む人を見てこその人材確保の場所となるのだよ。


「はい、お願いします」


 院長さんの礼に片手をあげて応え、タケルを連れて外へと出た。


「なにするんです?」


「建物の修繕だよ。見た通り古い建物だからな、いろいろ破損してるところがあんだよ」


 修道院は築うん百年の石を組み合わせたもので、結構堅牢にはできているのだが、全て石と言う訳にはいかず、所々木材が使用されていて、オレが思いのままに改造したから職人に頼むと結構な金を取られるのだ。


 ましてやここには、女子供しかいない。日々のメンテナンスなんてできる訳もねー。壊れたらそのままが精々なのだ。


「ベーさんって、雑なようでマメですよね」


「オレはやりたいことは妥協しねー主義なんだよ」


 まあ、やりたくねーことには妥協しまくりだがな。


「ベーさまー! 遊ぼー!」


 と、広場にいたチビっ子どもがオレに気がつき、またわらわらと駆け寄って来た。


「これから家を直すからこっちのにーちゃんに遊んでもらえ。オレと同じくいろんな遊び知ってるぞ~」


 そう言ってタケルを差し出した。


「ちょ、え、ベーさん!?」


 すまぬタケル。オレにはやることがあるのだ。


 まあ、ぶっちゃけ、チビっ子の相手は疲れるんで、お前が犠牲になれってことなんだけどね。


「にーちゃん、なにするの!」


「サッカー? 鬼ごっこ? なになに?」


「あたし、縄跳びしたーい!」


 チビっ子どもに身を封じられたタケルに、メンゴと謝り、そそくさと逃げ出した。


 さーてと。まずは壁を見て回るか。


 修道院と孤児院の周りには一メートルくらいの壁があり、二メートル間隔で花壇が設置してある。


 ここに来た当時は、壁はボロボロと風化し、廃墟かと思うくらい酷いものだった。


 見た目とイメージは大事と、土魔法で再生したが、雨風やアホのせいでどこかしらは欠損してたりする。


 一応、ヘキサゴン結界は敷いてはいるが、あれは緊急用であり、発動は院長さんに一任してあるので、自然やアホには対応してないのだ。


「あきらかに故意に傷付けてる箇所があるな」


 比較的安全な住宅地の中にあるとは言え、アホはどこにでもいる。そして、絶滅させることはほぼ不可能ときてやがる。


 おもしろくねーとは、確かに思うが、だからって壁を強固にし、罠を仕掛け、こらしめてもイイのだが、壁がダメだとなったとき、その悪意がチビっ子どもに向けられるのが一番困る。なので、防衛の一種として諦めている。


 土魔法で欠損したところを修繕する。


 続きをと、歩み始めると、前方から豪奢な馬車がやって来るのに気が付いた。


 馬車の前に騎士がいるところからして、まず間違いないなく領主夫人だろう。


「……意外と早かったな……」


 今日はもう来ないだろうと思ってたんだが、もめ事はなかったのかな?


 護衛の騎士、つーか、あの場にいた騎士のおっちゃんがオレに気が付き、馬車の横へ移動して中へと声をかけた。


 馬車がオレの前で停車。御者席にいた身なりのイイ男性が素早く下り、馬車の扉を開いた。


 出て来たのは十二、三の女の子。その身なりからして領主の娘ってところだろう。


「こんにちは、ベー」


 女の子の後ろから領主夫人が現れた。


「おう。領主夫人様。行動が早いな」


「善は急げと申しますからね、急いで参りました」


「ふふ。それはご苦労なこった」


 なにがあったかは知らんし、興味もないが、領主の妻がこれだけ迅速に行動するなど、まずあり得ない。そのあり得ないことをしたんだから、さぞや無茶をしたんだろうよ。


「ベーはなんでもお見通しね」


「別になんでもは見えねーよ。見えることだけ見てるだけさ」


「それでも充分凄いことですわ」


 それには口では応えず、肩を竦めるだけに止めた。


「来てもらってワリーが、今はちょっとやることがあるんでな、まずは院長さんに挨拶して来てくれや」


 オレが優先させるべきはパニア修道院。そっちは二の次だ。


「はい。では、そうします」


 できる領主夫人様は、素直に従い、娘共々馬車の中へと戻った。


 騎士たちもなにも言わず、馬車を出発させて、修道院の正門へと向かっていった。


「ほんと、できる女はカッコイイね」


 領主の妻にしておくのはもったいねー。あれは、世界に出る器だぜ。


 なんて埒もない妄想を振り払い、修繕作業を再開させた。

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