第480話  幸あれ

「あ! ベーさまだっ!」


 孤児院側に来ると、広場で遊んでいたチビっ子どもがオレに気がつき、わらわらと駆け寄って来た。


 こちらは、馬に跨がっているのだが、チビっ子どもにそれをわかれと言うのもしょーがねーので、近寄って来る前にコユキから下りた。


「そんなに騒ぐな、チビっ子ども」


 ベーさまベーさまとまとわりつくチビっ子を一人一人引き剥がしながら孤児院へと進む。


 この騒ぎに副院長さんが出て来た。


「ベー様。いらっしゃいませ」


「ああ。ワリーな、遅くなって。なんか問題あったかい?」


 もはやオレに対する態度はスルーだ。ちゃんと様とつけられる身分じゃねーし、ただの村人だと言ってんだからな。


「いいえ。幸せ過ぎるほどの日々でございます」


「それはなにより。院長さんは、いるかい?」


 宿の方向から来ると、孤児院側になるからこちらから来たが、まずは院長に挨拶するのが筋ってもんだからな。


「はい。礼拝堂で奉仕なされてます。バルモ。院長様に連絡を」


「畏まりました」


 中堅の尼さんが一礼して礼拝堂へと向かった。


「では、ベー様。こちらへどうぞ」


 コユキをタケルに任せ、群がるチビっ子どもをいなしながら孤児院の敷地へと入る。


 土魔法で柵を創り、コユキとライゼンを入れる。二匹が賢くて大人しいが、チビっ子どもは真逆の存在。バカしないように柵に入れておくのだ。


「チビっ子ども。これに水を頼む。あと、これを食わせてやってくれ」


 土魔法でバケツを創り、収納鞄から野菜を取り出した。


「うん! わかったー!」


「まかせてー!」


 やる気満々のチビっ子どもを笑いながら頷き、副院長さんを見る。


「タニオラ。皆をお願いしますね」


 オレの言いたいことを理解してくれた副院長さんが、監視人として見習いのねーちゃんをつけてくれた。


「タケル。いくぞ」


「あ、はい! ちょ、ちょっと放してね。あ、こら、それはダメだって!」


 タケルの装備が珍しいようで、何人かのチビっ子がタケルにまとわりついていた。


「しょーがねーな」


 子どもの扱いがなっちゃいねータケルの代わりにチビっ子どもを引き剥がす。


「ほれ、いくぞ」


 タケルを先にいかせ、孤児院へと入った。


 いつものように食堂に通されると、お茶が出てくる前に院長さんが現れた。


「そう急がんでもイイよ。こっちはお邪魔させてもらってる身なんだからよ」


「ふふ。優先されるべき務めを優先してるだけでございます。お気になさらず」


 そんな返しに肩を竦めるだけに止めた。年の功と女の口には勝てんよ。


「副院長さんにも聞いたが、孤児院に問題はねーかい?」


「まったく、とは正直には申せませんが、日々豊かにはなっております」


 その言い方に苦笑する。


 清貧を尊び、精霊に感謝する教えには異論はねー(だからってやりたいとは思わねーがな)が、こちらにも思惑があり打算がある。もうちょっと世俗になってくれっと話が早いんだがな。


「そうかい。まあ、修繕するところがあるなら遠慮なく言ってくれ。今回は何日か滞在するつもりでやって来たんでよ」


 今回ここに来たのは迎えもあるが、孤児院の建て替えも目的に入っている。


 当初の目的は土魔法で、とか考えていたが、やっぱ住むなら木の家がイイと、サリネに頼んだのだ。


「まあ、いろいろ話す前に、横のを紹介するわ。前に来たときに言った船の船長だ」


 視線で挨拶しろと促す。


「は、初めまして。おれ、いや、自分、タケル・バンドウです!」


 なぜか立ち上がり、これまたなぜか敬礼するタケル。緊張し過ぎだ。


「オレが言うのもなんだが、この通りまだ若くて未熟だ。経験もねー。院長さんには不安に見えることだろう。だが、ちゃんと熟練者はつけてあるし、オレも目をかけている。それこそ、まったく問題ねーとは言えんが、生き残る術はしっかりと叩き込むよ」


 まあ、やるのはカーチェだし、料理を教えるのはサプルだがな。


「はい。ベー様のお心のままに。タケル様」


「はいっ!」


 慈愛に満ちた眼差しを向けられたタケルは、まるで鬼教官を前にしたように、冷や汗をたらしながら背筋を伸ばした。


 まだまだ青いな。いや、院長さんの方が一枚……どころか五枚も十枚も上なだけか。この慈愛にはなかなか勝てんて。


 ……オレですら負けそうになるときがあんだからな……。


「子どもたちをどうかお導きくださいませ」


 深々と頭を下げる院長さん。これを前にして否と言えるのはクズにも劣る所業であろう。善良なタケルには荷が勝ち過ぎるってもんだ。


「ある程度は導くが、自分の未来は自分で決めろ。他人に委ねるな」


 善良ではないオレは、そう返す。まっすぐ、なにも恥じることのない態度で。


「……相変わらず、ベー様は生きることに貪欲ですね……」


「素晴らしきかなこの命。一片たりとも無駄にはしたくねーからな」


 別に無駄にしたいヤツは無駄にしたらイイ。腐るのもひがむのもテメーの自由だ、好きにしろ。だが、テメーの主義主張をオレに押しつけんな。オレはオレの主義主張で生きるって決めたんだからよ。


「はい。タケル様。今の言葉を撤回させてください」


「え、あ、はい。わ、わかりました」


 そう反応できただけ、成長したと見なそう。


「子どもたちの未来は子どもたちに委ねます。どうか、精一杯生きてください」


 あうあう言うタケルの背中を叩き、ビシっとさせる。


「お前の、いや、船長としての矜持が今問われている。安易な死か、それとも苦難の生か。お前はどちらを選ぶ?」


「恐くても、辛くても生きたいです! 一人は嫌です!」


 その矜持によく言ったと笑い、院長さんを見た。


 タケルの矜持が問われていると同時にオレの矜持も問われていた。たぶん、院長さんはタケルを通してオレの思惑を問うていた。


 この人は、人生が辛いことも楽しいことも知っている。知っているからこそ、安易に生きてる者を許せない。だが、それを押し通せない自分の無力を嫌い、矛盾に苦しんでいるのだ。


「……あなたは……」


 院長さんがなにかを言おうとして止めた。


 院長さんがオレらに矜持を示せと言ってるように、オレも院長さんに矜持を問うている。


 教えには生きるか、それとも己の意思で生きるかを、な。


 それがわかっているから口をつぐんだのだ。


「生きたいと強く願う者に幸あれ、だ」


「はい。幸あれ、ですね」


 お互いに祝福を贈り合った。

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