第459話 艱難辛苦を与え賜え

 昼食後、親父殿は食休みすることなく出て行った。


「オカン。親父殿、どうかしたのか?」


 そろそろ薪を下ろす頃合いだが、そんな急ぐほど切羽詰まってねーだろう?


「集落の手伝いにいくんだよ」


「集落の?」


 どーゆーこったい?


「村の者と交流だよ。ザンバリー様――じゃなくて、旦那様が村の者と仲良くするにはどうするかと悩んでいたから村の手伝いでもって言ったんだよ。うちじゃ仕事がないからね」


 まあ、仕事がないのは認めるし、仲良くするために村の仕事を手伝うのもわかる。が、なんの仕事すんだよ。今、麦畑は安定期。草むしりぐらいしかねーだろうが。


「村の東の橋が古くなったからかけ変えるそうだよ」


 東の橋?


「ああ、あそこな。確かに古くなってたっけ」


 意外と村を歩き回らねーので直ぐには出てこなかったが、あそこの橋は結構前からかけ変えるうんぬんが出てたところ。どんなもんかと一度見にいったことがあるわ。


「親父殿、そんな技術あったっけ?」


 橋は結構技術がいる。造るときは町から職人を頼むか、以前橋造りに参加した者が記憶を辿り、なんとなく造るしかねー。


「サリネさんに教えてもらったそうだよ」


「サリネに? サリネ、橋の造りも知ってたのかよ」


 お茶を飲むサリネに振り向いた。


「石の橋はわからないが、木の橋なら昔に何度か造ったことがあるからね」


 昔って何十年前だよとか言ったらたぶんオレに明日はない。なんとなくだが、サリネは怒らせない方がイイ。と言うか年齢はタブーだ。あの笑みの奥に姉御に似たなにかが見える……と思う。


「ふ~ん。がんばってんな、うちの親父殿は」


「某としては午後からも剣の相手をしていただきたいでござる」


「親父殿には何回勝てたんだい?」


「……まだ勝ててないでござる」


 落ち込んでいる様子はなく、強敵がいることに喜んでいる顔をしていた。


「剣客さん、結構腕があると思ったんだが、親父殿はそんなに強いんかい?」


 いやまあ、強いのは知ってるし、剣客さんとの稽古を見てるが、その差異なんてよー知らん。どっちも強いとしかわからんよ。


「強いでござる。まさかあのような御仁がいるとは嬉しい限りでござる。さすがベー殿の父親になるだけはあるでござるよ」


「そこでなんでオレが出てくんだよ。親父殿の強さにオレ、関係ねーじゃん」


 親父殿の強さは親父殿自身が身につけたもの。オレが関知することじゃねーだろう。


 なにやら苦笑いする皆様。なんだって言うんだよ、まったく。


 勝手にしろと肩を竦め、コーヒーを飲むカーチェを見た。


「タケルの調子はどうだい?」


「そこそこよろしいですよ。乗馬も慣れてきたようで、フェリエについていけるようになりました。体力も以前よりはつきましたしね」


「そうか。がんばってんだな」


 そう言って、思考の海にダイブした。


 しばらくして思考の海から上がると、カーチェら潜水艦組だけが残っていた。


 ……こう言うところはさすが親父殿の仲間って感じだな……。


「そろそろバリアルの街にいこうと思う」


「そうですか。で、どんな計画を立てたのです?」


 カーチェだけではなく、メルヘンズや猫耳ねーちゃん……名前なんったっけ? ま、まあ、そのうち誰かが口にすんだろう。今は猫耳ねーちゃんで充分だ。


「そんな大したもんじゃねーよ。オレ、タケル、フェリエで向か――」


「――あたしもいく!」


 と、猫耳ねーちゃんが割り込んで来た。


「タケルが行くならあたしもいく! タケルと離れるなんてイヤ!」


 タケルとどんなラブストーリーがあったか知らんが、人の恋路に邪魔して馬に蹴られるとかゴメンである。


「なら、猫耳ねーちゃんも足して四人で行くよ」


「え、あの、いい、の?」


 信じられないとばかりに目を大きくしている。


「構わんさ。これはタケルの訓練。お荷物は多いほうがイイしな。天よ、若者らに艱難辛苦かんなんしんくを与え賜え、だ」


 この国は結構平和だが、それは戦争がないって意味。それ以外は弱肉強食。魔物はいるし、賊もいる。護衛を雇っている隊商だって二割は失うのが当たり前。行商人なんて毎日どこかで死んでるって話だ。


 隣のあんちゃんもオレと知り合うまでは何度も命を失いそうな場面を経験している。あんちゃん、あれでもそこそこ強いんだぜ。魔術もちょっとは使えるしな。


「ふふ。相変わらず難しい言葉を知ってますね」


「あ、いや、カーチェさん、笑うとこそこじゃないですよ! いや、笑うところじゃなく叫ぶところです!」


「そんなところ、ありましたっけ?」


「いや、ねーだろう」


 事実、笑う場面であり、イイ返しだったと思うぜ。


「なんで、猫耳ねーちゃんはいっぱいタケルの足を引っ張るんだぞ」


 猫耳ねーちゃんのことはよー知らんが、なんかトラブルメーカーっぽい臭いがする。


 友達にはなりたくねー存在だが、成長させるためには一家に一人は欲しいところだ。


 まあ、死なないようにはフォローするけど、死ななければ放置するがな。


「……なにか、酷いこと言われている気しかしないです……」


 気のせいだ。とは心の中で言って、目を反らしておこう。


「あ、やっぱり酷いこと言われてたんですね!」


 シャー! と猫のように逆立つ猫耳ねーちゃん。アハハ、猫みてー。って、猫の獣人だったっけ。


「落ち着きなさい、タムニャ。これはベーの冗談ですよ。ね、ベー」


「ああ、冗談だよ」


 ハイ、オレは平気でウソ言っちゃう男です。


 納得いかない顔ではあるが、カーチェの説得に渋々身を引いた。つーか、猫耳ねーちゃん、タムニャだったんだ。


「んじゃ、明後日の朝に出発するか」


「はい。それまでに準備を整えておきます」


 まあ、どんな計画を立てるかは知らんが、程々にな。


 頼れる男、カーチェ。そして、手段を選ばない男でもあるんですよね、この冒険大好きエルフはよ……。

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