第450話 花嫁衣装

 とある日の午後、オレは魔族の商人、アダガさんとチェスを楽しんでいた。


「平和だな」


 ダルマっちゃんらの拠点を造ってから、これと言ったことはなく、のんびりした日々が流れていた。


「……平和、ですか……?」


 商売半分遊び半分でやって来たアダガさんが、なにか納得いかないような感じで応えた。


「わたしの目には、世にも希な光景しか見えませんがね」


 そう言うと、ビショップを持ったまま、辺りへと目を向けた。


 オレも釣られて見れば、これと言った希はない。いつもの光景が広がっていた。


 剣の稽古をするザンバリーのおっちゃんと剣客さん。乗馬をするフェリエやタケルたち。銃に興味を持ち始めたカーチェの銃いじり。メルヘン機をワックスがけしてるメルヘンズ。家具を作るサリネ。あんちゃんの嫁さんとドワーフのおっちゃんの嫁さんのおしゃべり。なにも不思議なものはない。


 ちなみに、家の中ではアダガさんが連れてきた料理人にサプルが料理を教えている。


 トータたちはいつものように冒険者ギルドに行って依頼を受けているよ。なんの依頼を受けてるかは知らんがな。つーか、こんなド田舎の冒険者ギルドに大した仕事なんてねーのに、なんで毎日いってるかがよくわかんねーよ。


「まあ、文化の違いはあるからな」


「文化と言うより認識の違いと言った方がしっくり来ますが……」


 その辺はしょうがねーと諦めるか、お互いを尊重するしかねーなと肩を竦めた。


「ま、まあ、ベー様の家ですしね、こんなものなんでしょう。ところで、いい香りが漂って来ましたね」


 なにか無理矢理話題を変えるアダガさんだが、まあ、確かにイイ香りが家の中から流れて来た。


「さすがサプル。数時間でカレーを生み出しやがったよ」


 サプルちゃんの料理無双。と、タケルが称したが、あながち間違ってねーな。料理でサプルに勝てるヤツとか想像できねーよ。


「カレーもそうですが、やはりベー様のところはおもしろいです。前に教えていただいたビリヤード、凄い大人気で、先日アルデバランの魔王様が四台もご購入してくださいました」


 なんかサラっととんでもないものが出て来たが、ここはスルっとスルーしておこう。なんか魔王がやっすい存在になりそうだからよ……。


 チェスを再開してゲームを楽しんでいると、オシャレ星人のコーリンがやって来た。


「ごきげんよう、ベー様」


「おう。いらっしゃい」


 もはやボブラ村の住人になったと言っても過言じゃねーくらい、村に馴染んでるオシャレ星人。侮れねーアイアンレディである。


「お願いされていた花嫁衣装が完成しました」


「もうできたのかい。早いんだな?」


 衣服製作の日程なんて知らねーが、この時代の衣服作りは時間がかかる。まあ、オレらのような一般人が着るものなら数日で作れるだろうが、今回は元A級の冒険者の花嫁が着るもの。ブーケ被せて終わりとはいかねー。


 うちに入るとは言え、ザンバリーのおっちゃんは一代限りの騎士の称号を国からいただき、準貴族として名字を得ている。そんな人物が結婚式もせず、花嫁衣装も着させないでは外聞が悪いどころか醜聞である。


 なんともメンドクセーが、これがこの時代の常識。身分や格が重要視される社会なのだ。


「ありがとな。無茶な注文してよ」


「いえ、お礼を言うのはこちらです。衣装のデザイン、縫い方、生地の豊富さ、こんな胸を踊らせたことなど生まれて初めて。もう毎日が楽しくてしょうがありませんわ!」


 なにやら興奮するコーリン嬢が、ここ最近のことを怒涛のように話して来た。


 それを笑顔で右から左に受け流し、いつ終わるともしれない拷問に耐えた。


「では、明日にでも衣装合わせに参りますね」


「おう。頼むわ」


 辛うじて最後だけは頭の中に留めてコーリン嬢を見送った。


「どこの世界、どの種族でも女性のおしゃべりは凄まじいものですね」


「まったくだな」


 この世の最強生物って女なんじゃねーかと思うよ。


「結婚式と言ってましたが、どなたのですか?」


 あ、そー言やアダガさんには言ってなかったっけな。


「うちのオカンとあそこで剣を振り回してる赤黒い髪をしたおっちゃんが結婚すんだよ。まあ、オレの新しいオトンになんだよ」


「……それはまた……」


「また、なんだい?」


 なにか言おうとして口を塞ぐアダガさん。なんなんだい、いったい?


「あ、いえ、なんでもありません。ご結婚、おめでとうございます」


「……オレが結婚するわけじゃねーが、まあ、ありがたくもらっておくよ」


 なんか話を反らされた感じがするが、その祝福にはお礼を返しておこう。


「……なんにせよ、そろそろかな」


「なにがです?」


 アガタさんの疑問には答えず、椅子から立ち上がってザンバリーのおっちゃんのところへいく。


「ザンバリーのおっちゃん。剣客さん。それまでだ」


  激闘にしか見えねー二人に声をかけると、息を切らした二人が剣と刀を直ぐに収めた。


「……どうかしたか?」


 さすがのザンバリーのおっちゃんも激しい稽古だったので、息を調え、しゃべるまでに少々の時間を費やした。


「今から村長のところにいくから、汗を流して上等な服に着替えてくれや」


「村長のところに、か?」


「まあ、それは道すがら説明するよ。まずは風呂に入って汗を流してきな」


 有無を言わさず風呂場へと向かわせた。


「ワリーな、アダガさん。チェスはまた今度にしようや」


「はい。しばらくはギルドにいますので、なにかご用がありましたらなんなりとお申しつけください」


「あいよ。そんときは頼むわ」


 言って、オレも上等な服に着替えるために自分の部屋へと向かった。

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