第423話 仕事の受け継ぎ
「あ、そう言えば賢者殿のこと忘れてた」
寝る前に思い出し、まあ、そのうち会えるだろうとおやすみなさい。清々しく起きたら賢者殿が我が家にいました。なぜに!?
「忘れているだろうと思ってこちらから来たんだよ」
ハイ、まったくもってごめんなさい。でも、忙しいからあとにしてね。村人の仕事もしねーとならんのよ。
そう断りを入れたらなぜかついて来ることになった。
「田舎に暮らそうとしてるのだ、田舎にて覚えるのもよいじゃろう」
まあ、一理あるわなと、ついて来ることを承諾した。
「その娘は?」
農作業姿のザンバリーのおっちゃんが、保存庫から出て来た白髪のエルフに首を傾げた。
冒険者人生が長いザンバリーのおっちゃんに、種族の忌避はない。どの種族に自然に接することができるのだ。
「タノン・ティンじゃ。よろしゅうな、ザンバリーさん」
賢者殿の自己紹介に、ザンバリーのおっちゃんが訝しんだ。
「……どこかで、あったろうか……?」
A級の冒険者として有名なんだから知ってても不思議じゃねーのと、オレは思うのだが、ザンバリーのおっちゃんには警戒するなにかがあったらしい。
「あったことはないさ。が、いろいろ協力してもらったことはあるのぉ。まあ、それも昔のことよ。気にするでない。お互い、新しい人生を始めるのだからな」
賢者殿のセリフに、ザンバリーのおっちゃんがニヤリと笑う。
「そうでした。歓迎しますよ、タノンさん」
「ああ。どうやら長い付き合いになりそうだし、今後ともよろしゅうな」
賢者とA級冒険者。それだけでわかりあえるようだ。スゴいわ。
「そんで、家畜小屋の掃除は終わったかい?」
オカンとザンバリーのおっちゃんが結婚したら、家のことは全て任す。家畜の世話からラノムの管理、樵や薪運びを全てだ。
まあ、ザンバリーのおっちゃんの財産なら一生遊んで暮らすだけの金があるだろうが、うちのオカンがそれを是とはしねーし、ザンバリーのおっちゃんもそんなことする性格でもねー。
好きなことやれと言ってもこんなド田舎じゃ仕事もねー。趣味だけでも暮らせねーだろう。オレもやることなくて趣味全開。港や保養地、秘密基地と、いろいろ創ってしまったからな。
なんで、オレの仕事をザンバリーのおっちゃんに渡したのだ。まあ、外聞もあるし、オレも家のことやってらんねーことがあっからな。
「ああ。終わったよ。確認してくれ」
「あいよ」
いきなり家畜の世話なんてできねーから、幾つかのやり忘れや雑なところはあったが、まあ、合格点は出ている。そんなところをアドバイスして、木を伐りにいく準備をする。
オレの場合、木を伐るのと運ぶのは別にしてるのだが、今日は勉強なので両方やってもらい、あとはザンバリーのおっちゃんに任せることにしたのだ。ザンバリーのおっちゃんにはザンバリーのおっちゃんのやり方があるしな。
荷車とリファエルを繋ぐのはザンバリーのおっちゃんに任せ、オレは牧草地へと行く。
今日も今日とてタケルたちは乗馬訓練。が、今日は午後から村の外れまでいくそうだ。
「コトブキ、カモーン!」
「ヒィヒィィィン!」
草を食むコトブキがオレの声に反応し、おう! とばかりに鳴き、こちらに走って来た。
エリナが創り出した馬、マジ賢いぜ!
「ほぉう。まるでベーの言葉がわかるようだな」
賢者殿がコトブキの行動を見て驚きの声を上げた。
「ああ。わかるらしいぜ。こいつの創造主の話ではよ」
「創造主? お、確かにただの馬ではないな。だが、なんなのだ、これは? なんとなく精霊獣に似ておるが……」
そう言や、誰かもそんなこと言ってたな。誰だっけ?
「賢者殿は馬に乗れるか?」
「いや、乗れんよ。この体なんでな。それに、長年部屋に閉じ籠る生活をしていたのでな、体は呆れるくらい鈍いぞ!」
「なんの自慢だよ。まあ、そんな細い体じゃ当然か。つーか、一人暮らしできんのかよ?」
「お、そう言えば言っておらんかったのぉ。わたしの世話役が二人おるから心配はいらん。今、引っ越し準備しとるよ」
「世話役、ね。まあ、その辺は賢者殿のお好きなように、だ」
やって来たコトブキの首を撫でてやり、柵にかけてある二人用の鞍(ドワーフのおっちゃん製)を装着させていく。
「ベーは馬に乗れるのかい?」
「ああ。小さい頃から乗ってるからな」
前世の実家には馬がいて、よく乗って遊んだもんさ。じいちゃんが死ぬまでの三年だけだが、今生も馬が、リファエルがいた。人馬一体、ってほどではねーが、まあ、そこら辺の騎士には負けねーぜ。
「ハイヨーコトブキ!」
「ヒィヒィィィン!」
前脚を高く上げ、力強く走り出した。
さすが創造主のなんかが含まれた馬だ。ちゃんとノリをわかっていらっしゃる。
コトブキに跨がるのはこれが初めてだが、コトブキの能力のお陰か具合はすこぶるイイ。これならサプルとも勝負できそうだぜ。
まあ、勝てるとは思わねーが、兄の威厳を保つくらいにはイイ勝負になるだろう。あ、でも、もうちょっと練習してからね。今じゃまず威厳を失うわ。
「ベー! 用意できたぞー!」
おっと。楽しくてザンバリーのおっちゃんのこと忘れてたわ。
「あいよー」
返事をして賢者殿のもとへ行き、手を差し伸べてオレの後ろの鞍に跨がらせた。
「しっかりつかまっててくれよ」
「ふふ。この年になって殿方の背を頼ろうとはな。ちょっと胸がドキドキじゃ」
なんか、必要以上に抱き付いてくる賢者殿。オレはまったく……いえ、なんでもありません。だから、魔力を腕に込めるのは止めてください。なんかいろいろ出ちゃいますんで。
「えーと、んじゃ、ハイヨーコトブキ!」
「ヒィヒィィィン!」
と、リファエルの歩みに合わせて歩き出した。まあ、リファエル、農耕馬だしね。
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