第424話 仕事の引き継ぎ 2

「ここからが木を伐る山だよ」


 明確な境界線ってものはないが、何代前の村長が立てた立て板を指差した。


「思いの他、道がいいのだな」


「薪を納めるのを二回免除してもらってオレが土魔法でならしたんだよ」


 オトン死んでまもない頃、税が払えなくて、村長に直談判して薪を払う代わりに道を整備したのだ。


「……そうか。そんなときもあったと言ってたっけな……」


「まあ、今じゃ薪を払わなくてもイイくらい村に貸しをつくってるがな」


 ザンバリーのおっちゃんに陰った悲哀を、不敵な笑みで吹き飛ばしてやる。


「なんで、ザンバリーのおっちゃんは自重してくれよ。孫の代まで税免除になったらダメになっちまうからよ」


「いや、お前のようにやれる方がどうかしてるわ!」


 なんてバカやってるうちに山小屋に到着した。


 いつものように山小屋の前には次世代の少年たちがいて、枝払いをしていた。


「子どもも来ておるのだな?」


 不思議そうに呟く賢者殿。村の事情とかは知らねーのかな?


「村でも町でも働けるならガキでも働かせるんだよ。ましてや職業選択の自由もねー時代だ。農民の子は農民。樵の子は樵になるしかねーんだよ」


 まあ、なれるだけ長男はマシだ。次男三男になってくれば、手伝いと言う名の労働力としか見られないんだからな。


「……そう言うものなのか……」


 なにやらカルチャーショックを受けてる賢者殿。それがド田舎の現実。しっかり受け止めろだ。


「ベー。今日はどうしたんだ? 薬で払ったとおやじが言ってだが?」


 ハンガが不思議そうに尋ねて来た。


「今日は、仕事の引き継ぎさ。うちのオカンが結婚するって聞いてるだろう」


「ああ。村じゃ大騒ぎだしな」


 なのに、なぜかオレだけ知らない不思議。オレの耳に入らないように情報統制されてんのか?


「そのうち村長から話が回ると思うが、まあ、隠すこともねーし、今紹介しとく――」


「A級の冒険者で赤き迅雷のリーダー、竜殺しの剣騎、ザンバリーを知らないヤツはいねーよ!」


「当たり前だ! 英雄だぞ!」


「スゲー! 村にはよく来てるっては聞いたけど、おれ、初めて見たぜ!」


 と、なんかそわそわしてんなーと思っていた少年たちが、突然、湧き上がった。


「なにこれ?」


 意味がわからずザンバリーのおっちゃんに問うた。


「いや、お前の反応がなにこれだが、これがA級冒険者に対する正当な反応だからな。まあ、お前から欲しいとは思わんがよ」


 へー。そうなんだ。でもまあ、よくよく考えたら今の時代を生きてる少年にしたら、やっぱ冒険者が身近なヒーローになるか。


「ベーは知らなかったのかい?」


「いや、A級なのも冒険者なのも知ってるが、オレ、人を職業で見ねー主義だし、冒険者にそれほど興味はねーからな」


 興味があるのは冒険者がする冒険譚。誰が主役でも構わねーんだよ。


「まあ、これも村で過ごすための処世術。ハンガたちに冒険譚でも話してやりな。その間に樵衆に挨拶してくっからよ」


「なら、おれもいった方がいいんじゃないのか?」


「それはそのうち嫌でもできるよ。オレはまだガキだし、酒も飲めねーから男衆の集まりにも出れんしな」


 村の親睦会は、男衆の唯一の……は言いすぎだが、娯楽のねー村では酒を飲むのが男衆の気晴らしになっているんだよ。


「今日、ザンバリーのおっちゃんが来たと伝えておけば、明日くらいにはお誘いが来んじゃねーかな。そんときは、酒とツマミを持って行くとイイぜ。野郎は単純だからな」


 オレにはできねーが、男は酒を酌み交わしたら仲良くなるもの。飲んで騒いでバカ言って、それが村に慣れる近道だよ。


「そうか。わかった。なら、近所付き合いしておくか」


「ああ。村じゃ付き合いは大事だしな。相手がガキでも疎かにはしない。いずれ、我が子がお世話になるんだからな」


 面倒見たり見られたり。それが村の生き方だ。それができないようでは村では暮らせねーよ。


「いいのか?」


「程々に、な」


 それだけの問いに、オレもそれだけ返した。


 オカン、若い……って、オカン、何歳だっけ? 確か、オレを生んだののが、十七、八、だったような? ってことは、三十くらい、ってことになるのか?


 ま、まあ、前世なら若いんだろうが、この世界のこの時代では……いや、止めておこう。なんか精神的に来るものがある。


 医食同源。衛生管理。健康促進と、家族を健やかにするために頑張って来たお陰で、オカンは同年代にしたら若いし丈夫になっている。まあ、無理しなけりゃ子供の二人や三人は余裕で生めんだろう。


 オレは薬師だし、あんちゃんの嫁さんは医者。村の子を取り上げて四十年のシゲラ婆もいる。生まれて来る子は死なさねーさ。


「んじゃ、いって来るよ」


 二人を残し、樵衆のリーダーたるザバルのおっちゃんのもとへと向かった。

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