第418話 デザイナー
やって来ましたトアラんち。
「よっ、カント。ねーちゃんいるか?」
庭先で子山羊と戯れるトアラの弟、ハナタレ幼児に声をかけた。
トータと同じ五歳だが、これぞ立派な五歳児。ここがド田舎と認識させてくれる逸材である。
「あ、ベーだ!」
なんとも嬉しそうに駆け寄ってくるカント。カワイイヤツよ。
いや、うちのトータくんもカワイイよ。自慢の弟だよ。でも、五才児とは思えないくらい精神が高く、滅多にじゃれて来てくれないのだ。
「今日も元気に遊んでるか?」
「うん! 子山羊と遊んでたー!」
そうかそうかと頭を撫でてやり、収納鞄から飴を出してカントにくれてやった。
これはオレ流の教育で、頼み事をするときは飴をあげるようにしてるのだ。決して餌付けしてる訳じゃないんだからね!
「じゃあ、ねーちゃんを呼んで来てくれ」
「うん!」
バタバタと駆けていくカントをほんわかした気持ちで見送った。
「まるで父親の顔ですね」
と、コーリンがそんなことを言ってきた。
「そうかい。まあ、子どもは村の宝だからな」
まるっきりのオシャレ星人ってわけじゃないようで、なにか含んだように笑みを浮かべていた。
まあ、いろいろザンバリーのおっちゃんから聞いてるだろう。オレもあえて気にしないでいた。
しばらくして農作業でもしてたのか、野良着姿のトアラがやってきた。
トアラんちは、樵より農業に力を入れた家なので、村で一番の作付け面積を持つ。なので、機織り娘として仕事をしているトアラも、忙しいときは畑に出るのだ。
「ワリーな、仕事中に呼び出して」
「ううん。構わないわよ。機織りも一段落したし、草むしりをしてるだけだからね」
働き者のトアラらしいセリフである。まあ、山の女は誰でも働き者だがな。
「それで、今日はどうしたの? あ、服を取りに来た?」
「まあ、それもだが、ちょっとお前に話があってな。トアラ、うちのオカンが結婚するとか聞いてるか?」
「ええ。冬の終わり頃から騒いでいたからね」
え、マジで!? なんで息子のオレがつい最近知ってんだよ!
なんだろう。これでも家族とのコミュニケーションはとってると思ったのに、まったくとれてなかったの!?
なんかいろいろショックだが、聞かされたら聞かされたで、どうしてイイかわからんかったから、これでよかったとしておこう。うん。
「そ、そんでな、トアラにオカンの花嫁衣裳を作って欲しいんだわ」
「花嫁衣裳を?」
「ああ。あんちゃんの嫁さんに作ったようなもんでイイからよ」
今知る隠れた真実、かどうかは、どうでもいっか。知らなきゃ知らないでイイ真実だしな。
「まあ、あれでイイのなら構わないけど、おばさん、嫌がるんじゃないの?」
あんちゃんの嫁さんは、まだ若く、初婚だったから多少派手でもよかったが、オカンは……うん十歳(そう言やオカンの年知らねーや)で二回目。アレはねーなとはオレでも思うわ。
「そこで登場するのがこのねーちゃん。服の意匠を考えたりする服飾デザイナーだ」
「でざいなぁー?」
あ、デザイナーって言葉、なかったっけ。だが、ここは押し通す流れ。プッシュプッシュだ!
「デザイナーだ。衣服の形や性能、色や仕様を考えることを生業とする者のことだ。まあ、ある意味、トアラもデザイナーだな。オレが伝えたことを元に考えて服を作ってるんだからよ」
「ベー様。自己紹介、よろしいでしょうか?」
「あ、そうだった。ワリー。んじゃ、コーリンに任すわ」
場をコーリンに譲った。
「初めてまして。わたくしは、コーリンと申します。ベー様が言われた通り、服飾道、いえ、服飾デザイナーをしております。どうかお見知り置きを」
たぶん、コーリンなりの砕けた自己紹介なんだろうが、そんなのド田舎じゃ未知の言葉……は言い過ぎか。まあ、それなりに広場で商売しているから、それほど違和感なく受け入れているよーだ。
「あ、あたし、トアラです。でざいなぁーがなんなのかまだわかりませんが、服を作るのは大好きです」
「はい。ベー様の服もトアラさんが作ったとか。とてもよくできていて驚きました」
「あ、いえ、そんな。ベーは、派手なのは嫌いだから……」
「ですが、この上着は初めて見ました。このようなものがあるのですね」
「それは、ベーに頼まれて作ったんです」
「そうですか。言ってはなんなのですが、ベー様、説明が下手、なのでは?」
下手なのではない。メンドクセーだけだ! と言っておこう。
「はい。もう、ベーの言ってること難しくて、必死に考えなくちゃならないんです」
なにか、よくない流れになってきたと、オレの考えるな、感じろセンサーが危険領域に入って来た。
「まあ、ここは若い女同士、野郎は撤収!」
とか一方的に言って、こちらに駆けてきたカントをつかみ、高い高いして逃げ出した。
オレの仕事は二人を会わせるまで。あとは二人の判断と決断。そして、そのあとがオレの再出番だ。
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