第403話 勧誘
親方は、思い立ったが吉日の人――人外さんなようで、すぐに引っ越し準備に取りかかった。
とは言え、一時間二時間で準備できる量ではないので、夕方、グレン婆の心地好い一時の前で落ち合うことにした。
「さて、なにして時間を潰そうかな?」
これと言ってやることもなし。な、こともないが、今は午後の一時半。なにかするには時間が足りない。まあ、ブラっと歩いてみるか。
ブラっと歩いて五分くらい。通りの隅でよくやっている屋台からイイ匂いが漂ってきた。
「……焼きラビーか……」
季節的にはもう過ぎた木の実だが、品種によっては今の時期になるものもある。多分、そんな品種のラビーなんだろう。
「いらっしゃい」
屋台を覗くと、五十くらいのおばちゃんが商売をしていた。
「おばちゃん、これにいっぱいちょうだい」
収納鞄からザルを出しておばちゃんに渡した。こーゆー屋台は、基本、器持ち込みなんだよ。
愛想のよいおばちゃんにオマケしてもらい、その横に土魔法で長椅子を創り、そこでいただくことにした。
「これも薄味だね」
プリッつあんが自分の頭もあろうかと言うラビーを食いながら、屋台のラビーを評した。
「まあ、品種によるもんだろう」
確かに、ブララ島のラビーよりは薄いが、オレにはこれと言った不満はねー。食後のデザートとしてはイイんじゃねの。
いき交う人を見ながらモグモグ食ってると、なんか見覚えのある人が通り過ぎた。
「……あ、倉庫借りるときのおっちゃん」
えーと、名前、なんったっけ? シーでもなくサーでもなくて……思い出せん。なんだっけ?
「バーザですよ、ヴィベルファクフィニーさん」
「あーハイハイ、バーザさんな。すっかり忘れてたが思い出したよ」
「なに気に失礼なこと言ってるわよ、ベー」
それを本人の前で言ったらアウトじゃん。
「今日は、なかなか可愛らしい方々をお連れですね。紹介してもらってもよろしいですか?」
「これ、プリッつあん。オレの頭の上の住人で、こっちのがドレミ。オレの横にいる住人だ」
「そうですか。初めまして、プリッつあんさんとドレミさん」
なかなかアイアンハートをお持ちだ。まったく動揺を見せねーよ、このおっちゃん。
「わたしは、プリッシュ。プリッつあんは、愛称よ。間違えないでよね!」
プリッシュよりプリッつあんの方が断然可愛いのにな。
「そうでしたか。では、改めて。プリッシュさん、初めまして」
ニッコリ笑うバーザのおっちゃん。ある意味、あんちゃんと同じ神経を持ってる人だな。
「散歩かい?」
「ええ。今日は休みなもので街をブラブラしてました。ヴィベルファクフィニーさんもですか?」
ザルに入ったラビーを見ながら聞いてきた。
「まあ、ちょっと時間潰しにな。暇ならどうだい?」
ザルを掲げて見せた。
「そうですね。ご相伴させていただきますか」
気の利いたプリッつあんが場所をよけ、そこに「ありがとうございます」と感謝をのべながら座った。
「バーザさんは、酒とお茶、どっちがイイ?」
焼きラビーは口の中の水分、持ってかれるからな、飲み物なしでは、ちとキツいんだよ。
「では、お酒を。昨日、タージ様とお会いして、ヴィベルファクフィニーさんが珍しいお酒を持っているとお聞きしましたので、遠慮なく言ってみました。わたし、お酒が大好きなものでして」
そんなに飲めませんがねと、つけ足した。
タージ? 誰だっけ? とはウソだよ。さすがに誰かはわかるわ。あの人だろう、あの人。まあ、敢えて誰とは言わねーがな。
「そうかい。なら……」
収納鞄から適当に一本……ブランデーを出した。
「そのままで飲むもよし。水で割って飲むもよし。お茶に入れて飲むのもイイとか聞いたことがあるよ。まずは、一口飲んでみなや」
コップと水を出してやり、まずは飲ましてみた。
「ほぉう。今まで飲んだことがない味ですが、実に旨い!」
「舌にあってなにより。まあ、ほどよく飲んでくれ」
「よろしいので、かなり高価なものとお見受けしますが?」
「どうなんだろうな? 銀貨二、三枚くらいかな?」
どうも外国産のようで、よーわからんわ。
「まあ、イイ酒の前で金の話は無粋だ。飲んで味わえだ」
オレはブララジュース(プリッつあんは、コーヒー羊乳。ドレミは羊乳な)を出して、バーザのおっちゃんと乾杯した。
焼きラビーをツマミながら世間話をする。
「いえ、わたしは、ギルド職員ですよ。倉庫の受付はギルドの仕事なので」
世間話の中で、どこの商会で働いてんのと聞いたら、そんな答えが返ってきた。
「左遷されたのかい?」
いろいろ遠回しに聞くのもメンドクセーので単刀直入に尋ねた。
「はい。ギルド内もいろいろありまして」
すんなり口にするバーザのおっちゃん。やはり、この人はできる。オレの意図を見抜いてるぜ。
「何処も同じ、か。苦労してんな」
まあ、人がいるとこ派閥あり、だからな。
「しかたがありません。妻と子を養うためですから」
ふ~んと、バーザのおっちゃんを見ながら考え込む。
おっちゃんは、気付きながらも気づかない顔でブランデーを楽しんでいた。
……フフ。腹芸も得意なよーだ……。
「じゃあ、転職でもしてみねーかい?」
「転職、ですか。仕事内容と給金次第ですね」
しっかりしてらー。だが、それでこそ商人だ。
「世界を相手にする商売で、給金は、ギルド長と要相談だな。まだ、人材不足で副ギルド長とか会計とか、いねーからよ」
このおっちゃんには、それで充分だろう。
「他にお誘いしてる人はいるので?」
「いや、やっぱ誘うなら優秀で、やる気のある人がイイからな」
それには応えず、ブランデーを一口。ゆっくり飲み込んだ。うん、慎重でイイね。
「まあ、すぐには求めんよ。それこそいろいろあるからな。もし、やりたくなったら、親父さん、ブラーニーを訪ねてくれや。親父さんには話を通しておくからよ。さて。ちょっと知り合いがきたんで、これでな。あ、この出会いを祝してもう一本。楽しく味わってくれ」
じゃーなと別れ、オレの出会い運によって導かれた、よく知る人物のもとへと向かった。
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