第332話 乾杯
焼いたバモンを旨そうに食う旅人カイナさん。
その姿はデカく、ゴテゴテしいマントでも羽織ったら魔王と呼んでもなんら違和感ないくらいである。
「これがこの世界の餅ですか。なんかいまいちですね」
「そりゃしょうがねーさ。品種改良されてねーし、育つ環境も違う。同じ味を求める方が間違ってるわ」
この世界で育ち、サプルが料理を覚えるまでは素材の味か塩味で生きてきたオレの舌にはこれで充分旨いし、満足できるがな。
「カイナさんは──」
「──カイナでいいですよ。なんかベーさん、年上っぽいし」
見た目によらず人を見る目はずば抜けて高いようだ。
「なら、オレもベーでイイよ。前世は前世。今生は今生。見た通りのクソガキだ。雑で構わんさ」
なんだろうな。カイナさん──ではなく、カイナとは以前から知っているかのような気安さを感じるぜ。
「なら、ベーと呼ばせてもらうよ。口調は気にしないでくれると助かる。こればっかりは地だからなおしようもないんだよね。まあ、見た目から気持ち悪がられるけど」
「確かにな。でも、その口調がカイナらしいな」
見た目なんて慣れたら気にしねーし、地でしゃべってくれた方が取っ付き易いしよ。
「ベーは懐が広いよね。見た目コレだから怖がられてさ、誰も近付いてきてくれないんだよ」
ふ~とため息をつきながらもそれほど気落ちしてはいないカイナ。
「人なんてそんなもんさ。だが、たまに全てを受け入れてくれるからこの世も満更じゃねーんだよな」
オレの言葉に目を大きくして驚いた。
「やっぱりベーは器がデカいよ」
「ただ、経験してわかってるだけさ。器がデカいと言うならカイナもだろう。こんなクソ生意気なガキを受け入れてるんだからよ」
「これでも一児の父であり、孫が二人もいるんだ、全然気にしないレベルさ。ちなみに血は繋がってないけどね」
そりゃ羨ましい。オレもそんなセリフ、自然と言える父親になってみてーわ。
「あ、ベーは甘いもの大丈夫?」
なにやらわざとらしく話題が変わったが、気にすることなく好きだと答えた。
「なら、餅……じゃなくてバモンのお礼だよ」
と、なにもない空間から黒いお椀が現れ、自然と出した両手に収まった。
「お汁粉?」
「まあ、関東風か関西風かは知らないけどね」
オレも知らんが、まあ、今さら知ったところで意味はねー。それよりせっかく出してくれたんだ、温かいうちに食うとするか。と、その前に箸を出さんと。
お汁粉をフォーク(ちなみにこの地域はフォークが主流です)で食うには情緒がねー。やっぱ箸で食わねーとな。
「ベーもチート持ちなんだ」
チート、ってなんだっけ? なんか聞いた気もしないではねーが、良くは知らんがな。
「まあ、非常識な力を持った人、って言えばわかるかな。ベーはゲームとかしない世代?」
「そうだな。中学の頃ドラサンやったくらいかな。その頃は野球少年だったからよ」
と言っても近所のオヤジどもと草野球やっているような、クラブ的野球部だったがな。
「カイナもそのチート持ちなんか?」
お汁粉出す力がなんなのかは知らんけどよ。
「おれのは前世にあったものを魔力と引き換えに出せるチートです」
「ふ~ん」
いろいろ考えるもんだな。若さゆえの発想か?
「……興味なし、って感じだね……」
「まあ、他人の力だしな。オレがどうこう言ってもしょうがねーだろう」
例えオレの力だったとしてもオレの魔力では大したものは出せねーだろうし、無意味な力に興味はねーわ。
「ベーはこの暮らしを不便とは思わないの?」
「思ってるよ。だが、そんなの前世でも同じだろう。金がなけりゃなにも買えんし、知識がなければ扱うこともできねー。いつの世もどんな時代でもそれは変わりねー。それに、その不便もまた一興。必要なら創れ、さ」
そんな世界(時代)に生まれっちまったんだ、文句を言ったところで意味はねー。なら、意味ある暮らしを求ようじゃねーの。
「ベーは、楽しんでるんだね」
「おう。楽しくてしょうがねー人生だぜ!」
嘘偽りないオレの気持ちだ。
「羨ましいよ。まだ見ぬ世界に憧れて旅に出たものの怖がられ、拒否され、街では不審者扱いで何度牢屋に入れられたものか。もうなんか、逃避行な毎日だよ……」
そのなりではしゃーねーか。
ここにくるまで感じなかったが、カイナの魔力はマグマのように煮えたぎって、いつ爆発するかわかんねーくらい漏れ出している。感じるヤツからしたら気が気じゃねーし、身長二メートルとかもう巨人だわ。小さい子でなくでもビビるぞ。
「カイナって、旅に出る前はなにしてたんだ?」
魔王やってましたとか言われても素直に信じられそうだがよ。
「宿屋の主兼ハンターギルドのマスターだよ。まあ、それも六年前に引退したけどさ」
「ハンターギルド?」
「まあ、専門の魔物ハンターさ。おれのいたところは辺境でウラヌス大魔境とアニラス大迷宮があって、頻繁に大暴走があったんだ。もちろん、辺境公軍率いる軍と要塞があったけど、それだけでは抑え切れない。至るところに魔物が出て人が死ぬ。そんなだから冒険者も近づかない。だから町を、大切な人を守るためにハンターを募って対抗したわけさ。この銃を使ってね」
それをどうこう言うつもりはない。生きるために、大切な人を守るために、使うと決めたのだろうからな。部外者がしたり顔で言ってイイことじゃねー。
「今は、落ち着いてんのかい?」
「ああ。帝国では有名な辺境都市さ」
守り抜いた男の顔をするカイナ。だが、そこに悲しさも見て取れた。
「そうかい。それはなによりだ」
「……ベーは……いや、なんでもない。ありがとう、聞いてくれて」
言葉にはせず、ただ笑って応えた。
「カイナは、この後どーすんだい?」
「どうしようかな? 特に目的がある旅じゃないし、風の吹くまま気の向くまま、その日の気分さ。ここにきたのもバルキリアアクティーが飛んでたからきてみただけだし」
バルキリアアクティーがなんなのかは知らんが、まあ、そこは突っ込んじゃダメなとこ。気にしなぁ~いである。
「なら、この村に住まねーか? 実は宿屋造ろうとしててよ、誰か出来るヤツを捜してたんだわ。もちろん、無理強いはしねーし、風の吹くまま気の向くままにしてもらっても構わねー。まあ、急ぎじゃなけりゃうちの村でゆっくりしてけばイイさ。歓迎するぜ」
「……そう、だね。なんかベーとは気が合いそうだし、ゆっくりもしたいしね。うん、ゆっくりさせてもらうよ」
それはなによりと、茶碗を掲げ、それに応えたカイナも茶碗を掲げた。
「ようこそ、ボブラ村へ」
「お邪魔します」
カチャンと、乾杯した。
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