第330話 商人

「そうやってバカをやって助けられたことを相手に悟らせない。傲慢に出て恩を受けたことを悟らせない。生意気な口調と態度で相手に不愉快を誘い好意を抱かせない。それをわかるのは極少数。見る目のない人は後になって気がつくけど遅い。気にすんな。そう言えばそうだったな。昔のことさ。そう言ってあなたは過去にする。もうあなたの中には入れない。あなたはそれで相手を推し量っていると言うでしょうが、それは言いわけ。あなたは拒絶してるだけ。その中にいる人を忘れたくないから。ほんと、優しくて強くて一途な子。あなたの中にいる人はいったい誰なのかしらね?」


 妖艶笑みを浮かべ、まるで井戸から出てくるサダ〇嬢ように這いずるかのように近づいてくる。


「ふふ。可愛い子。食べちゃいたいわ~」


 カメレオンのように舌を伸ばしてくるような錯覚を覚える。


「……あ、あの……」


「なぁ~に?」


 下から嫌らしく覗き込んでくる。


「どちらさんで?」


「はい?」


「どこかでお会いしましたっけ?」


 なんなんだ、このねーちゃんは。変態過ぎてマジ引くわ。


「え? あれ? な、なんの冗談、かな?」


「冗談はねーちゃんの方だろうが。初対面のガキ相手にあんな変態なことして。街だったら警羅隊に捕まんぞ」


 幾ら弱肉強食な時代とは言え、小さい子に手出すアホは問答無用でキル! だぜ。


「え、ちょ、ヤダ! 冗談止めてよ! そんな知らない人を見る目で見ないでっ!」


 下半身に抱き付いてくる変態さんを問答無用で蹴り飛ばした。


「知らねーんだから当然だろうが。あんま痛いことしてっと人呼ぶぞ」


 ちなみにここは広場ではなく、ちょっと林の中に入った休憩所へと向かう道の半ばです。あと、広場の治安は護衛としてきた冒険者に委託(ちゃんと冒険者ギルドに依頼してます)してある。


「ちょ、いや、わたしを捨てないで~!」


「やかましいわ!」


 変態に人権はないとばかりに後頭部を踏みつけた。


「……おいおい、こんな人目のないところで女を踏みつけてるとか、お前はなにやってんだよ……」


 いつの間にかあんちゃんが背後にいた。


「人を変態みたいに言うな。変態はこいつだ。小さい子にいたずらしてきたんだからな」


「いや、この人、カムラの商人だろう。しかも、お前のお得意さんじゃねーのか?」


「は? こんな変態知らねーよ」


 なんでこんな変態と商売しなくちゃなんねーんだよ。オレは人を見て、これはと言う商人としか商売すると決めてんだぞ。


「た、助けてください! ベーがわたしを知らないものとして扱ってるんです!」


 イイ年の女が恥じも外聞もなくあんちゃんに助けを求めた。


 まあ、こーゆーことは大人に任せるのが子どもの賢い処世術。んじゃ、あとよろしくと休憩所へと向かった。


 今日はマ〇ダムって気分じゃねーのでブララ炭酸と洒落込もうと思います。


「シュワシュワウメー!」


 これでフライドなポテト(塩味)があれば最高なんだがな~。


「……またお前は見知らぬものを飲んでるよな……」


 なにか背後霊を連れたあんちゃんが呆れた顔をしていた。


「仕事はどうしたい?」


 広場で店を出すとか言ってただろう。ん? そー言やぁ、あんちゃんが商売してるとこ見てねーな。


「初日で完売して閉店だよ。つーか、なんだよ、あの売れ行きは? 五日もかけて用意したのに昼をまたずに完売って! 儲けはしたが商売した実感がねーよ!」


 まあ、海の珍しいものを捨て値のような値段で売りゃあそうなるさ。国に戻れば十倍二十倍の値段で売れんだ、全財産注ぎ込んでも買い占めるさ。


「ここは、知る人ぞ知る穴場だからな、珍しいものがあったら迷う前に買えなんだよ」


 うちの店も去年より四割近く値上げしたが、それでも直ぐに売れていく。だから押し出し式にして商品補充の苦労を軽減させたのだ。


「そう言うのは早く言えよ! 損したわ!」


「人は失敗から学ぶもの。自分を凡人だと思うなら失敗を恐れず失敗を糧にしろ。それが勉強だ」


 取り返しのできる失敗なら幾らでもしろ。そして、同じだけ学べ。それは自分の強さとなるんだからな。


「ったく。たまに偉そうなこと言うんだから参るぜ」


 それを受け入れるかどうかはあんちゃん次第。勝手にしろだ。


 休憩所に設置したテーブルに着いたあんちゃんに、コーヒーを出してやる。あんちゃんもコーヒー派なんでな。


「……いつものと違うな」


「ああ。知り合いからもらったものだ」


 幾ら飲んでもまったく減らない魔法瓶。グレン婆に感謝です。


「……お前の顔の広さは天上知らずだな」


「まーな。出会いは大切にしてっからな」


「だったら思い出してやれよ。おもしろい商売相手じゃねーか。捨てるなんてもったいねーだろうが」


 なにを言ってるかまったくこれっぽっちも全力全開でわからねーが、相変わらず懐深いよな、このあんちゃんは。生意気な六歳のガキ相手に楽しそうに話し掛けてきて、一瞬で受け入れやがった。


 そーゆーとこがマジスゲーと思うよ。オレなんかより人を見て商売してるんだからな。


「だったらあんちゃんが相手しろ。オレは変態と関わりたくねーわ」


「ならおれが相手するよ。カムラの女傑とも雌獅子とも怖れられる商人と商売ができるなんて最高の儲けだぜ」


 やっぱオレの中で一番の商人はこのあんちゃんだな。オレが譲らねーことを理解し、自分が窓口となると言っているんだからよ。


「好きにしな。オレには関係ねーことだ」


「と言うことで、よろしくな。ベーが警戒するほどの女商人さん」


「こちらこそよろしく。ベーがもっとも信頼する商人さん」


 握手する商人らを視界の隅に入れながらブララ炭酸を堪能する。


 あ~シュワシュワウメー!

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