第328話 チョロい子

「へい、らっしゃい! 今日は魚が安いよ!」


 ──パシッ!


 横にいたフェリエに後頭部を叩かれた。


「紛らわしいこと言わないの! すみません、お客さん。子どもの言うことだから気にしないでください」


 その子どもがこの店の主なんだが、もはや居場所のない名ばかりの主は黙るしかなかった。


「もう、暇なら広場を見回ってきなさい!」


 ってなこと言われて自分の店から追い出されてしまった……。


 そこで疑問に感じたら立ち直れないので全力回避。気にしないもん!


「しゃーね。見回りしてくっか」


 昨日も隊商が四隊きたので夜営区画はほとんど埋まり、うちの店や女衆の店は街の市場並みに賑わっていた。のだが、トアラの店の前だけ人がいなかった。


「よっ、トアラ。売れてるか?」


 自分で作った衣料品の店を出すトアラに声をかけた。


 トアラは、服を作るのが上手で村人が着そうな服なら型紙とか使わないで布を切って糸で縫い、三十分もしないで作ってしまうくらい天才的な腕を持っている。


 ならと、布や生地、革などを渡して思いのままに、あと、ちょっとしたアドバイスを与えたら今ではお洒落ガールのサリバリすら唸らせるお洒落な服を作るようになっていた。


「全然。まだ二着しか売れてないわ」


 だろうな。もはやお洒落レベルが三世代先をいっている服を、四世代遅れてるカムラの者に売れるわけがない。ましてや社交的な娘ではない。ただ待つ商売では人はこねーよ。


「そうか。まあ、トアラの服は若い娘用だからな、隊商でくるおっさんどもにわからんさ」


「そっか……」


 落ち込むトアラ。まあ、そうは言っても売れねーのは悲しいわな。


「まあ、余ったらオレが買うから気にすんな。トアラの服は街で売るようなもんだからな、こんなド田舎で出すにはもったいねーよ」


 一着銅貨二枚なんて安売りどころか質入れだわ。このお洒落な服なら銀貨二枚は固いぜ。


「……う、うん……」


 頭ではわかっているんだろうが、やはり自分の作品を否定されていると感じるのだろう、無理矢理笑顔を作った。


 まったく、しょうがねーヤツだ。


「なあ、トアラ。この服の中でサリバリに合う服はどれだ? 着やすいより見栄えがするやつは」


「え? あ、うん。これかな?」


 お洒落度七十パーセントの服(オレに服の描写を期待すんな)を選び出した。


「ちょっと待ってろ」


 と言い残してサリバリの店へとやって来た。


「サリバリ、儲かってるか?」


 サリバリの店は散髪店。村ではそれなりに需要があるが、風呂にも入らず伸ばしっぱなしの隊商のヤツに散髪と言う概念はあっても理髪と言う概念はねー。邪魔になったら短剣で切るが散髪だと思ってやつらに金払ってまで髪を切ろうとは思わねーだろうさ。


「全然。まったくこれっぽっちもお客がこないわ」


 いつものお洒落度四十パーセントの服ではなく、汚れてもイイような浅黄色のワンピースを着たサリバリは、散髪椅子(オレ作)に座り込み、がっくりと肩を落とした。


 トアラ同様、サリバリの腕は街でこそ活かされるもので、ド田舎では無用の長物。まずやる方が間違っているのだ。が、それはそれ。これはこれ。宣伝と考えたらやりようはある。


「ちょっとこい」


 サリバリの襟首をつかみ、トアラの店に戻って来た。


「ちょっと、本当にいったいなんなのよ!」


「これに着替えろ」


 トアラが選んだ服を押し付け、 更衣室結界でサリバリを囲んだ。


 中から文句を言うサリバリだが、着替えるまでは出さんと宣言し、強制的に着替えさせた。


「ほぉ~。似合うじゃん」


 トアラのセンスと腕もさることながら村一番の美少女(フェリエは美女の分類に入ってます)。なかなか栄えるものがあった。


 怒り全開だったサリバリも、オレの褒め言葉に出鼻を挫かれたようで、モゴモゴと呟き、ちょっと照れ臭そうにそっぽを向いてしまった。


「よし。次はこれだ」


 と、収納鞄から簪を幾つか出す。


「好きなの一つやるから選んで着けてみろ」


「え? くれるの!?」


 簪は前にも仕事の報酬として出してたが、今回出したのは硝子細工のもので、派手好きなサリバリのツボに入るものを出したのだ。


「ああ、ちょっとお願いしたいことがあるからな、その報酬だ。ほれ、早く選んで早く着けろ」


 なんて言ったところで女の買い物は長い法則が出てくる。二十分近く使ってやっと選び出し、髪を纏めて簪を刺した。


「どうかな?」


「さすがサリバリって感じだな。よく栄えてるわ」


 性格はなんだが、こう言う才能は素直にスゴいと思う。どんな高貴な令嬢より鮮やかに、そして華麗に服を着こなしてるぜ。


「エヘヘ。そ、そぉ? もう、ベーのクセに口が上手いんだから!」


 サリバリ、チョロい子。なんて思ったのは内緒☆。


「んで、これだ」


 更に収納鞄から床屋さんベルト(ハサミやクシを入れるケースがついたもの)を取り出した。


「これ、は?」


「いつもサリバリには髪を切ってもらってるからな、お礼でもと作ったやつだ。まあ、あんまりイイもんではねーが、そのうち革職人に頼んで作ってもらうからそれまで使ってろ」


 オレの腕ではそれが限界。ドワーフのおっちゃんにもっとお洒落なのを作ってもらうさ。


「……あ、ありがとう。大事にするね……」


 なんか殊勝になってるサリバリだが、今は派手で傲慢になってるサリバリが必要なので、背中を叩いて元に戻した。


「んじゃ、サリバリ。前に約束した通り、オレの髪を切ってくれや」

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