第324話 腐海にお帰り
──飛空船リオカッティー号。
それが公爵の愛船の名前だ。
なんでも死んだ嫁さんの名から取ったらしく、至るところに嫁さん“ズ”の肖像画が飾ってあった。
「なんか肖像画、増えてね?」
この飛空船には何度もお邪魔して、嫁さんズの肖像画を見せられてきたが、船橋に飾ってあったのは“初代”の嫁さんと第一側室の嫁さんだけだったはずだ。
「おう。最近嫁にしたサアマだ。可愛いだろう?」
肖像画の感じからして二十代前半。下手したら十代だろう。なんとも若いのを嫁にしたもんだ。
「相変わらずお盛んな公爵さまだ。これで八人目だったっけか?」
まったくこれっぽっちも、完全無欠に興味もねーから適当に言ったがな。
「十五人目だ。あ、いや、十六人だったか? 多過ぎて忘れたわ!」
なんて豪快に笑うエロおやじ。嫁さんに刺されんなよな。
高位の貴族に側室だ、愛人だなんて珍しくねーし、強く甲斐性のある男なら何人でも嫁にしろとは思うが、自分ならとか、自分がとか考えたらゾッとしかしねーわ。
女に夢や希望を持つのは個人の自由だし、ハーレムを目指すのもご勝手にだ。人それぞれの価値観、オレがとやかく言うことじゃねー。せいぜい子孫繁栄にガンバってくれだ。
「まあ、なんにせよ、お目でとさん。ご祝儀だ」
収納鞄から果汁酒と白茶を出して公爵に渡した。
「果汁酒、なのはわかるが、この枯れた葉はなんなんだ?」
おや。帝国には白茶が渡ってねーのか? 結構、繁盛繁栄した国なんだがな?
「東の大陸のお茶で、うちの国の貴族の間で流行ってんだよ。降りたら飲ましてやる。気に入らなきゃ南の大陸からきた本当のコーヒーを飲ましてやるよ」
公爵もコーヒー派なのだ。
「……ほんと、世界の中心はお前かと思うセリフだな……」
オレは世界の隅っこでスローライフを叫んでる村人だよ。
「あ、あそこに降ろしてくれ」
村や広場の端に降ろすスペースはあるんだが、きてもらった内容が内容だけにあまり人目がつくところには降りて欲しくねーんだよ。
「ほう、あれがベーの、人魚の港か。まったく、個人で港を造るとか、世界最大の馬鹿野郎だよ、お前は」
そう褒めんなよ。照れるじゃねーか。
「今更だが、飛空船って海に降りられんのか?」
まあ、形は船だし、降りることはできんだろうがよ。
「本当に今さらだな。まあ、問題はない。海も走れるようにしてあるからな」
さすが世界最大にして最強の飛空船。ファンタジーマジスゲーだ。
リオカッティー号の名操舵士、ドワーフのガバの見事な腕で揺れ一つなく着水する。
一枚水晶を板にした船橋の窓には、見慣れた港が見えるが、タケルの潜水艦は見て取れなかった。
……訓練にでも出てんのかな……?
まあ、いないならいないでなんも問題ねー。それどころかスペースが空いて助かったぜ。あの港、潜水艦が動けるだけのスペースしかねーからよ。
「船長。前方に人魚が顔を出してます」
監視役のおっちゃんが報告の声をあげた。
一応、港に不審船が近づいたら穏便に追い返してくれとお願いしてあんだよ。
「公爵どの。帆にちょっと絵を描くぞ」
公爵に一応断りを入れて結界でコーヒーカップを描いた。人魚らにはその絵がオレのマークであり、知り合いだと教えてあるのだ。
「人魚、海に潜りました」
入港OKの合図をもらったので港へと入った。
「適当なところに留めてくれ。錨は下ろさなくてイイ。魔術で船体を固定するからよ」
「帝国の秘密軍港より発展してるよな、お前んとこの港は」
「まーな。自慢の港だからな」
公爵どのの皮肉を軽く流した。
公爵どのに視線を向けると、オレの言いたいことがわかったらしく、部下たちに指示を出して、自分の部屋にへと場所を移した。
最大にして最強の飛空船とは言え、乗組員三十人もいるから船長の部屋は四畳半くらいの広さしかなく、ベッドと机があるくらいの質素なものだった。
「結構狭いんだな」
そー言やぁ、ここに入んの、これが初めてだな。
「なに、空を飛べればこのくらいで充分さ」
さすが根っからの飛空船野郎。立派な発言だ。
「さて。用はなんだ? あんな摩訶不思議なものを使ってまで私を呼んだ理由はよ?」
なんかスゲーマジな顔をされたが、こちらはもう申し訳ないのでいっぱい。ったく、この最悪最低の理由をどう言えっつーんだよ!
「不味いことか?」
こちらの苦渋を勘違いした公爵の表情が更に険しくなる。
「あ、いや、違くてな、なんつーか、公爵の立場から見たら不味いことなんだが、カーレント嬢個人から見たら美味しいことだと、思う?」
「なんで最後が疑問なんだよ?」
「それを理解したくねーからだよ。とにかく、カーレント嬢に『同志が会いたがってる』と伝えてくれ。たぶん、それで伝わるはずだ」
オレとしては伝わって欲しくねーが、この案件からは一秒でも早く離れてー。類友同士、腐海にお帰り、だ。
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