第323話 友よ

「なにかしら?」


 品出しを教えていたフェリエが訝しげ声をあげた。


「どーしたん?」


「なにか、変な音がするわ」


 金を数える手を止めて耳を澄ませるが、別に変な音は聞こえない。けどまあ、ソロで冒険者をやってるだけあってフェリエの五感や身体能力は結構高い。聞こえると言うのなら聞こえるのだろうよ。


 しばらく、でもなく、どこからか『ゴー』と言う、なんか最近よく聞く音が聞こえてきた。


 サプル──はまだ近くにいる(サプルにやった収納鞄の結界を感じる)から、タケルか? いや、タケルならカーチェ辺りが連絡してくるはずだ。なるべく村の上は飛ぶなって言っておいたからな。


「……と、なると、アレか……」


 引きこもりのクセに行動が早えーな、こん畜生が。


「フェリエ、ワリー。あと頼む。終わったら帰ってイイからよ」


「やっぱり、ベー絡みなのね、この音」


 不本意だが、まったくその通りなのでそそくさと外に逃げ出した。


 外に出ると、聞き慣れぬ音に隊商の連中が騒ぎ出していた。ちなみに女衆はだいたい帰ってます。家の仕事もあるから就労時間は午前九時から午後三時までなんだよ。


 と、上空三百メートルくらいのところを白字に赤のラインが入ったジェット機(なんかアニメ的デザインなのはオレの気のせいか?)が飛んでいった。


 今の速さからして低速で飛んでるな。ってことは、見つけて連れて来た、のか?


 エリナのジェット機(?)だろう謎の飛行物体は、山の標高と同じくらいの高さを緩やかに旋回し、機体を揺るがしたと思ったら、海の方向へと飛んでいってしまった。


「……まったく、あの汚物はろくなことしねーな……」


 こちらへと駆け寄ってくる隊商の連中を見ながら重いため息をついた。


「ベー! あれはいったいなんなのだ!?」


「ベーさま! なにごとですか!?」


 なんでオレに聞くんだよ、ってのは愚問か。一人だけ落ち着いていたらどんなバカでもなんか関係あると気づくわな……。


 さて、なんと言ったらいいものか。説明に困るぜ。


 とは言え、なんか言わなくちゃ暴動──まではいかねーだろうが、納得行く説明をするまで解放はしてくれねーだろうな。しょうがねー。ここは得意の嘘ではないが真実でもない作戦でいくか。


「魔道機って言う空を飛ぶもんだよ。まあ、オレもよくは知らんが、飛空船を誘導してきたんだろう」


 まだ陽はあるが、飛空船が飛ぶ時間ではない。あれは明るいうちにしか飛べないもので、なんたらかんたらとテキトーに、難しい言葉を組み込んで、なんか良くわからんが、スゴい乗り物なんだな~と言う方向に持っていき、なんとか場が鎮まってくれた。


 まあ、超一流の商人以外は、ってつくけどな……。


「ベーって、たまに口が回るわよね」


 すっかり落ち着いた変態──じゃなくて、隊商のねーちゃんが呆れたような顔を向けてきた。


「別にウソは言ってねー」


「でも、本当のことでもねー、でしょう。もう四年も付き合ってたら嫌でもわかるわよ」


 反論はせず、肩を竦めるだけに止めた。


「それで、なんなのだ、いったい!」


 もうちょっとシャレが通じたら超一流の商人になれるだろう、じーさまが業を煮やしように問い詰めてきた。


「知り合いがくんだよ」


「知り合い?」


「その辺は聞くな。オレにも相手にも都合があんだからよ。けどまあ、有名人とだけは言っとくよ。どうせきたらわかるんだろうからな」


 まあ、勘の良い隊商のねーちゃんは、誰なのか悟ったよーで、なるほどね~ってな顔で空を見ていた。


 その視線の先には、なんともファンタジーな空によく似合う空飛ぶ船が飛んでいた。


 しかしなんだ。ファンタジー理論と言うのか、この時代の想像の限界と言うのか、帆を張った船が空飛ぶとかマジスゲーよな。前世だったら月間不思議雑誌に投稿してーよ。さぞや合成だなんだってウソつき扱いされんだろうな……。


 空を飛ぶだけあって海を走る船よりは遥かに速いため、隊商の連中を鎮めている間にすぐそこまできていた。


 このまま降りられても邪魔なので、空飛ぶ結界を生み出して空へと舞った。


 オレが上昇してくるのに気がついたようで、降下していた飛空船が速度を緩やかにして船体を停止させた。


 浮遊石を使い、魔術で操船しているとは言え、全長三十メートルくらいの帆船が上空で停止するとか、前世の記憶がある者にとっては頭がおかしくなりそうな事象だぜ……。


「よっ、ベー!」


 なんとも気さくな角刈りな中年野郎だが、帝国では七大公爵の一人で、皇帝選抜にも選ばれた経歴を持ってたりするお偉いさんだ。


「よっ、じゃねーよ。帝国の公爵さまが国境侵犯とかシャレにならんだろうが。ここには、カムラ王国の商人が集まってんだぞ」


「なんだい。こいって言ったのはお前だろうが。しかも、あんな摩訶不思議なものを寄越すなんてよ。近寄ってきたときはマジビビったぜ。あの絵がなければ射ち落としてるところだ」


「だからって国境侵犯するこたねーだろうが。くんならもっと穏便に、理由付けしてこいよ。国に目付けられんぞ」


 まあ、即逮捕にはならんだろうが、国と国のメンドクセー話になって巻き込まれるとか、そんなのマジ勘弁だわ。


「なに。これでも帝国公爵。この国にもコネの一つや二つはある。問題ないさ」


「これは友達としての忠告だ。余り騒がしいことだけはするな。この国の裏にいるヤツはマジヤベーからよ」


 人外さんが何人いるか知らねーが、あの釣りにきた人外だけでも帝国軍に勝てそうな気配だ。一夜にして帝国滅亡とか、君は歴史の目撃者になる、とかシャレにならんわ。


「……曾祖父の代からアーベリアン王国には戦いを挑むなとは言われてきたが、ベーが言うと事実だったと痛感するから笑えんな。なに、こちらは戦争とかマジ勘弁だしな、バカ皇帝がアーベリアンに戦争とか抜かしたら一族総出でアーベリアン王国に亡命するよ」


 なんとも不遜で不忠な中年野郎だが、友達としてはおもしろい野郎である。


「まあ、なんにせよ。来ちまったんなら歓迎するよ。友よ」


「だからベーは最高だぜ!」


 ほんと、高位貴族なクセにイイ笑顔をしやがるぜ。 

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