第321話 忘れてた

 夕方の四時くらいになると、隊商の連中は夜営の準備に取り掛かる。


「はい、お仕事ご苦労さん。働いてくれてありがとな」


 働いてくれた連中に感謝を言いながら今日の給金を払っていく。


 うちはニコニコ現金払い。労働者に優しい職場なのだ。


「ありがとうございやす」


「おう。色つけておいたからまた頼むな」


 マームルじいさんはまだ残るが、御者や犬耳のおっちゃんらは明日の朝に国に帰るので、一日だけの仕事になるのだ。


「へい。こちらこそお願いいたしやす」


「お願いしやす!」


 たった一日、一万五千円くらいだって言うのにホクホク顔で去って行く犬耳のおっちゃんら。その過酷さに涙が出るぜ……。


「いつも思うんだが、獣人の扱いってワリーのか?」


 街にいけばそれなりに獣人を見るが、だいたいは小数種族で山奥に住んでるので余り接点がねー。だからその暮らしとか待遇とか知らねーんだよな。


「まあ、力の強い獣人とかは冒険者だ、傭兵だと働き口はあるが、学もない弱い獣人は人足や雑仕事ぐらいしかない。言っとくが、うちはまともに扱っているからな」


「そんなの犬耳のおっちゃんらを見てればわかるさ。それでもあの喜びようだ。待遇がイイとは思えなくてな」


 クソったれな時代なのはわかっていたが、更にクソったれなことがあるんだからたまんねーぜ。


「まだこの近隣に住む獣人はマシな方だ。帝国やマリカ神聖国なんて獣人は奴隷以下。胸くそ悪いところだ」


 やっぱそう言うところはあんだな。マジ、人外さんらの働きに感謝だぜ。


 まあ、オレにはどうしようもねー社会問題。いつか現れる英雄か革命を期待して、オレはオレのやるべきことをしねーとな。


「ってな訳で明日からこのねーちゃんが店で働くから使ってくれな」


「わかったわ」


 カウンターで売上を計算していたフェリエが笑顔で応えた。


「え!?」


 なにやら驚くレリーナのねーちゃん。どーした?


「あ、いえ、あ、あれでわかるから……」


「まあ、ベーとは長い付き合いだしね、なんとなく話の流れが見えてくるのよ」


 さすがフェリエさん。話が早くて助かります。


「わたしは、フェリエ。ここの雇われ店員よ。よろしくね」


「わ、わたしは、カルフェリオン・レリーナと申します。どうかお見知りおきを」


 緊張気味に挨拶するレリーナのねーちゃん。王弟の娘ならお姫さまなのに、まるで上位の者に対するかのような腰の低さだった。


「どこかのご令嬢さまかは知らないけれど、そんなに畏まる必要はないわよ。言ったようにわたしは雇われの身でただの村娘なんだからさ」


「まあ、フェリエの見た目に気後れするかもしれんが、見た目の派手さと違って中身は地味だ。気にすんな」


「わたしは地味じゃなくて質素なの。見た目普通で中身はバカなベーに言われたくないわよ」


 さらっと毒を吐くフェリエさん。まあ、事実そうなので異論はないがな。


「それで、レリーナはいつまで働けるの?」


「そうだな。五日はここにいるから終わるまでは大丈夫だろう」


 開催期間なんて決めてねーが、だいたい三日から四日くらいで隊商は捌ける。まあ、片付けもあるから目一杯は働いてもらえるだろうよ。


「そう。わかったわ。えーと、働くのは今日からにする? それとも明日にする?」


 フェリエの問いにレリーナのねーちゃんを見る。


「レリーナのねーちゃん、どうする? 働くって言うなら給金は出すし、明日からでもオレは構わんぞ」


 どうせ商品の補充と掃除くらい。オレとフェリエでも二時間と掛からんだろうさ。


「できれば今日からお願いします。父の苦労を少しでも軽くしたいので」


 なんとも親孝行な娘だ。おいちゃん、そう言う話に弱いぜよ。


「あいよ。なら、頼むわ。フェリエは売上の計算を頼む。オレが商品の補充を教えるからよ」


「いえ、わたしが教えるわよ。ベーに慣れてないとこのびっくりお店に思考停止しちゃうからね」


 あっちいってろとばかりにカウンターへと追いやられてしまった。


 ま、まあ、明日から同僚として一緒に働くのだ、今から仲を深めておくのもイイだろう。決してハブられたのが悲しいんじゃないんだからね!


 大人しく売上を計算していると、なにやら外が騒がしい。


「……サプル、ではねーな?」


 あちらも片付けだ、明日の仕込みだと厨房から出ていないはずだし、マームルじいさんのお陰で隊商の連中は身綺麗になっている。三度目の『あたし、おうち帰る!』にはなってねーはずだ。


「騒がしいわね? なにかしら?」


「まあ、マームルじいさんがなんとかすんだろう」


 隊商の実質的纏め役。なんとかしろ──じゃなくてお願いしますですだ。


 バン! と店のドアが勢いよく開かれ、背の高いグラマーなねーちゃんが現れた。


「ベー! 久しぶり!」


 カムラの商人から女獅子と呼ばれ、アニバリから女傑と呼ばれる隊商のねーちゃん。


「おう。いら──」


 しゃいと言う前に詰め寄られ、その凶悪な胸に押しつけられてしまった。


「会いたかったよ、ベー!」


 忘れてた。このねーちゃんが変態(小さい男の子が大好き)であることに……。

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