第306話 穏やかな夜
帰りは迷わず辿り着け、夕食前に帰ることができた。
だが、台所に立っていたのはオカンで、居間にはトータとモコモコガールしかいなかった。
「……オカン、サプルは?」
「フェリエちゃんとこにいってるよ」
「フェリエんちに? なんかしたのか?」
サプルが外泊など……よくしてるか。女子会だかパジャマパーティだかしらんが、娘衆の間で流行っているのだ。ハイ、オレが原因です。
「いつものあれだろう。その度にフェリエちゃんに慰められてるし」
サプルのキレイ好きを一番理解してるのはフェリエであり、風呂の良さを理解してくれる同士でもある。まあ、兄では慰められんのでお願いしますだな。
「モコモコガールはいかんともイイのか?」
いつもの席へと座り、トータとオ〇ロで遊んでいるモコモコガールに尋ねる。つーか、モコモコガールが勝ってるところを見ると、結構頭イイんだな。ちょっとびっくり。
「お風呂、キライ。サプル、長いんだもん」
「ふ~ん。まあ、さすがに一時間も入るのはサプルとフェリエぐらいしかいねーしな」
なんかモコモコガールと会話してる! とかびっくらこいてるが、それを出さないのがスルー力。レベル……なんぼだったっけ? まあ、その事実を受け入れろだ。
「あ、オカン。今日はなんだ?」
「シチュー。あとはパンとお串焼きだよ」
「じゃあ、大丈夫だな」
いつもの量より少ない上に大食らいがいる。餅──バモンを出しても完食してくれるだろう。
収納鞄からバモンを出す。と、オ〇ロをしていたモコモコガールがオレに飛び付いてきた。
「なに、それ? どんな食べ物?」
「東の大陸で食べられているバモンってもんさ。あまじょっぱいタレとかアンコと混ぜて食べたり、魚醤ベースの汁に入れて食べるのも旨いな。のわっ!」
まるでマンガのように口からヨダレを流すモコモコガール。まったく、結界でコーティングしてなかったらビチョビチョだよ。
「バモン。バモン。バモンが食べたい」
「このモコモコさん、食いしん坊さんなんだね」
オレの頭の住人さんがモコモコガールの頭の上に立って呆れてる。つーか、プリッつあんもモコモコに見えんだからモコモコだよな、これ。モフモフじゃねーよな。
ってことはどうでもイイか。モコモコガールの揺さぶりに構わず結界網を敷いてバモンを囲炉裏にかざす。
その間に砂糖醤油 (チャンターさんからもらったんだよ)を作り、以前試しに作った海苔を出してくる。
その頃にはイイ感じに焼けていて、砂糖醤油の皿に入れて浸し、海苔を巻いてモコモコガールに渡した。
「熱いからゆっくり食えよ」
「あふっあふっあふっ」
まあ、聞いちゃいねーかと勝手にさせておく。
「あんちゃん、おれも食いたい!」
「あいよ。ほれ」
できたやつをトータに渡した。
「あんたたち、夕食前にそんなに食べるんじゃないよ」
そんな心配など無用とばかりにモコモコガールが夕食を食い尽くす。今日もなにも残らず、どころか羊乳のアイスを三杯も食べて力尽きたよーだ。と言うか、羊乳は共食いにはならんのかな? 聞いた話じゃ、羊人族とか言ってたが……?
「この体のどこに入るのかしらね?」
モコモコガールの膨れた腹に乗り、呆れるプリッつあん。そー言うプリッつあんもバモン三個も食っていた。ほんと、オレも不思議でたまんねーよ。
コーヒーを飲みながら食後の一服をしていると、ねーちゃんたちがやってきた。
「ベー、お風呂借りるわね」
冒険者の格好ではなく、村の娘衆が着そうなワンピースに薄手のカーディガンを羽織っていた。
「構わんよ。あ、モコモコガールも一緒に入れてくれ。なんか汚れてっからよ」
多分、サプルに強制されて毎日風呂に入っているだろうに、なぜか毎日汚れているのだ。日中、なにやってんだか?
「わかったわ。アリザ、入るわよ」
なにやらオレの知らねーところで交流があったのか、ねーちゃんたちによそよそしいところはない。何度かやってるのか、抵抗するモコモコガールを上手く操りながら出て行った。
まあ、仲良きことはイイことだと、いつもの暖炉の前へと移動する。
収納鞄からラーシュからの手紙を取り出して読み始める。
ラーシュも日記のように書いているので日にちごとに進んでいく。
「……お、どうやらカカオに似たようなものがあったようだな……」
南の大陸と言っても土地や地形により気候も様々だが、一大帝国なので端と端ではまるっきり違い、亜熱帯だったり乾燥地帯だったりするとか。その広大な国土には未知の領域があったり、小数民族がいたりする。
そんな大陸なら前世と同じ植物があったり、小数民族の食卓に上がっていんじゃね? とか思ったのでラーシュに時間があったら探して送ってくれと書いたのだ。
コーヒーもその小数民族のお茶として飲まれており、栽培していたらしいので直ぐに送ってくれたが、カカオは薬として利用されており、余り一般的ではないとか。でも、生えている場所は広域に広がっており、今は加工に四苦八苦しているよーだ。
「南の大陸、か。一度はいってみてーな」
村での生活に不満はねーが、たまに旅行にいきてーなと思わなくはない。
前世で旅行なんて二十代前半の頃にしただけ。あとはアパートと仕事場の行き来くらい。出るなんてスーパーに行くくらいなもの。休みなんて引きこもりだ。テレビで旅行番組を観ていった気分を味わうくらい。
「……旅行でもして見るかな……」
ザンバリーのおっちゃんが家族になればさらに時間が生まれる。つーか、日頃やってる仕事を持っていかれるな。
ザンバリーのおっちゃんもA級冒険者として莫大な金を持っているが、なにもせず優雅な暮らしなどできる性格ではねー。オレと同じく動いてねーと死んじゃう病に掛かっているからきっと無駄に働くだろう。
こんなド田舎で全力で働いてもやることは限られている。そんなだからオレも薬師や樵、人魚相手に商売したりと時間を潰しているのだ。
まあ、だからと言って冒険者になろうとは思わねー。その日暮らしの荒んだ毎日など辛いだけだ。自由に暮らしたいのなら村人に限る。そのための人脈作りなんだからな。
「……今年は旅行にでも洒落込むとするか……」
一段落したら東の大陸にもいかなくちゃなんねーんだ、いろんなところの旧所名跡を回るのもイイかもな。
「ベー、上がったよ」
長いこと思考の海に沈んでいたようで、ねーちゃんらが風呂から上がっていた。
「あいよ。トータ、風呂入るぞ」
「うん」
二人で風呂へと向った。
まあ、旅行のことは一段落してから。まずは隊商相手の商売に集中せんとな。
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