第283話 漁、開始

 バリエは思いの外好評で、二メートルはあるサイズの魚を食い尽くしてしまった。


 旨いと言っても十切れも食えば満足な十一歳の胃袋。とてもじゃないが人外の胃袋には付き合いきれんって。


 ガタイのイイ、獅子の獣人のアーガルやナイスミドルなナッシュ、竜人族のバックスはわかるとして、線の細い吸血鬼のマイノやご隠居さんが軽く八キロは食っているのにはびっくりだよ。


 ピンク髪の王族、ガーも十五キロは食ってはいるが、メタボな体型なので納得できるのだ。


「いや、旨かったぜ!」


「ああ。ちょっと物足りないがな」


「バリエがこんなにも旨いと知ってたらもっと早くに捕まえていたのにな」


 なんとも豪気な人外な三人である。まったくもって平然としている。少食(?)組はさすがに食い過ぎてしゃがみこんでいるよ。


 視界の隅でジーゴとプリッつあんが乾いた笑みを浮かべながら仲良く(?)釣りをしているのが見えた。


 いつの間にか仲良くなったのかは知らんが、まあ、種族を超えたなにかが合ったのだろう。なら二人だけにしてやるか。


「いや、食った食った。こんなに食ったのは久しぶりさね」


「まったくです。魚の血がこんなに美味とは不覚にも知りませんでしたよ」


 吸血鬼のマイノのセリフはスルーするとして、こんなに喜んでもらえたのなら釣り上げた者としてはなによりの名誉だぜ。


 収納鞄からコーヒーと白茶を出して適当に淹れてやる。出したエールはとっくの昔になくなってるよ。


「お、すまないさね。わしはコーヒーをもらうよ」


 知っているご隠居さんが真っ先に手を伸ばした。


「なんだい、この黒いものは?」


「こちらは白茶か。しかも最近人気の東のものだな」


 全員の表情(と感じ)からして白茶は知っているようだが、コーヒーはまったくわからないよーだ。


「ベーの好物でグレン婆が出したものさ。アーガルとナッシュには口に合うと思うさね。ガーには羊乳と砂糖を混ぜたものがいいかもな」


 豪気な二人はなんの躊躇いもなくコーヒーに手を伸ばし、当たり前のように口にした。


「ほぉう」


「なかなか」


 ご隠居さんの言う通り二人の口に合ったよーで、舌に残る味を堪能していた。


 違いのわかる二人に笑みを浮かべながらコーヒーに羊乳と砂糖を混ぜてピンク髪の王族、ガーに渡した。


 オレも胃がもたれるのでカフェにして頂いた。うん。カフェも旨いぜ。


「一服したらまたバリエを釣りてーんだがイイか?」


 二、三匹釣ればしばらくは持つだろうし、ツナマヨにしてパンに挟めて食いてーしな。


「おう! おれも酒のツマミに何匹か欲しいぜ!」


「だな。今度は炙りでいただきたい」


「否はなし。釣りましょう」


 残りの人外も賛成と頷いた。


「だが、釣りだと手間がかかるな」


「そうだな。この人数分だから軽く三十はいくしな」


「余は最低でも十匹は欲しいぞ。余の眷族は大食らいばかりなんでな」


「わたしの眷族も大飲みばかりですし、十匹は欲しいですね」


「もう釣りじゃなく漁になるな」


 ナイスミドルのナッシュの言う通り、漁でなけりゃとてもじゃないが賄いきれんな。


「なら、捕まえるか?」


 まあ、このメンツなら五十でも百でも問題ねーだろう。


「おし。やるか」


「もちろん」


 全員がマジな目になる。


 さすが英雄譚から出てきたようなヤツら。空気が変わりやがったぜ……。


「こらこら、そんなに気配を出したら魚が逃げるさね。静かに静かに」


 さすがご隠居さん。シメるところはシメる。一瞬で人外どもから痛いまでの気配が霧散した。


「悪い悪い。つい出っちまったわ」


「いかんな、まだ昔の癖が抜けんよ」


「わたしらもまだまだですね」


「まったくだな」


「恥ずかしい限りだよ」


 どうやら年は遥かに若いようで、ご隠居さんのような老成はないようだ。まあ、何年生きてるかはわからんがな。


「さて。どうやって捕まえる?」


 見てる感じ、獅子の獣人のアーガルがこの集まりの進行役のようで、常に流れを作っていた。


 ……見た目に反して気遣いの人のよーだ……。


「傷をつける訳にもいかんしな、凍らせて捕まえるはどうだ?」


「ベー。バリエは凍らせても大丈夫な魚なのか?」


「どうかな? まあ、一匹ずつ一気に凍らせば問題ねーが、解凍の仕方で身が悪くなることもあるし、できれば時間停止が最良だな」


 冷凍で保存はするが、それは数日のうちに食う分を冷凍させるまでで長期保存は時間凍結だ。なんで解凍技術はそれほどでもねーんだよな。まあ、サプルが本気になればすぐだろうがな。


「時間停止とか、大魔導師でも無理なんだがな……」


「その口振りからして時間停止は難しくもないようだな」


「ベーの魔術だか魔法だかはわしでもわからんもの。村人の所業ではないさね」


「それ、もう村人じゃねぇだろう?」


「まったく。それでも村人なんだから頭が痛い話さね」


 人は肩書きによって自らの存在を示す。オレにも肩書きはいくつもある。だが、そのどれもが本職ではねー。一番しっくりくるのは村に住む者。まさしく村人だ。ならオレの肩書きは村人以外なにものでもねーってことだ。


「まあ、そんなことよりバリエの捕獲だ。オレの魔術でバリエを時間凍結にする。なんで他はバリエを海からここに上げることを頼むわ」


 方法はお任せします。どうせ簡単にやるだろうからな。


「なら、わたしがバリエを探します」


 魚群探知は吸血鬼さんにお任せ、だな。


「じゃあ、わたしが一匹ずつ海から出そう」


 メタボなピンク髪さんは網役を担当するようだ。


「ならわしは皿の操作をやるさね」


 ご隠居さんは操船(?)か。まあ、妥当か。


「わたしとアーガルはベーに渡す役だな」


「頼むぞ、ベー」


「余は片付け担当か。まあ、無限鞄の持ち手としてしかたがないか。お前ら、幾らでも捕獲しても構わんぞ」


 なにやら役が決まったようなので漁、開始である。


 ん? ジーゴとプリッつあんは、だって?


 ああ、仲良く釣りをしてるよ。それがどうかしたか?

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