第274話 約束

 ジーゴが武具を選んでる間、暇潰しがてら店内を散策する。


 つくる趣味はあってもそれほど武具に興味がある訳じゃねーが、一流の作を見るのも勉強だし、金属製品なら土魔法で再現もできる。まあ、作り手には不興だろうが、技は盗めだ。いや、弟子じゃねーけどよ。


 しかし、やっぱり一流はスゲーな。見ているだけで引き込まれるような錯覚を感じてしまうぜ。


「ん?」


 棚を移ると、なにやら包丁が並んでいた。


「ジーゴは、包丁も造るのか?」


「まーな。おれの趣味は釣りでな、魚を捌く用に造ってたら嵌まっちまってよ、仕事の合間にやってんだよ」


 釣りの文化は結構昔からあり、遊びの類いだが、海辺に行けば釣り人がちらほら見れるくらいには広ってはいるな。


 細長い包丁を手に取り、できを見る。


 まあ、出来はイイのはわかるが、なにを捌く用だ?


 獣の解体は何度も経験してるし、前世の記憶があるから食材によって包丁を変えるってことは知ってるが、料理はからっきしなんでなに用なんて想像もつかんわ。


「これはなにを捌く用なんだい?」


「プロムって言うヘビみたいな魚さ。味は淡白だが、コレナンや塩を掛けて食うと旨いぞ」


 コレナンってのは知らんが、ヘビみたいな魚って、ウナギかアナゴみてーなもんか?


「海で釣れる魚かい?」


「ああ。岩場にいるよ。イカの切り身をエサに使うと入れ食いだぜ」


 ほー。そりゃイイこと聞いた。明日は釣りでもいってみっかな。


「なあ、これも売ってくれんのかい?」


「そりゃ構わねぇが、お前、料理もすんのか?」


「いや、妹がやんだよ。料理の腕は天才だぜ」


 物は試しにと、収納鞄から魚料理──魚のフライや天ぷら、さつま揚げ的なものを出してジーゴに食わせた。


「旨いな!」


「だろう。うちの妹に勝る料理はこの世にねーと、オレは自信を持って言えるね!」


 オレの人生の半分はサプルの料理を食うためにあると言っても過言じゃねーな。ってまあ、それは言い過ぎだが、人生を幸せにしてくれてんのは間違いねーな。


「さすがお前の妹、ってところだな。だが、やっぱり魚は生でバージャンを付けて食うのが一番だな」


 ジーゴの言葉に目を剥いた。


「バ、バージャン知ってんのかい!? つーか、そう言う食い方してるヤツいたんだ!!」


 びっくりし過ぎてつい叫んでしまった。


「……お、お前も、なのか……?」


 ジーゴも目を剥いて驚いていた。


「まあ、オレの場合は新鮮な魚を捌いて、塩をかけて食ってるがな」


 魚醤を結界で精製して不純物や臭みを取り除き、塩や豆を発酵させたものを混ぜたりといろいろやって見た(もちろん、サプルちゃんがね)が、どうも刺身には合わなかった。まあ、他に使うなら悪くはねーんだが、オレには合わなかったので塩で食っているのだ。


「塩か。それも悪くはないが、いろいろ混ざってるからな、ここの塩はよ」


「確かに、塩の精製はワリーな。ちなみにオレはこの塩を掛けてるぞ」


 収納鞄から塩が入った小瓶を取り出し、それも食わせた。


「これも旨いな。しかも混ざりもんなしかよ。どんなことしたらここまで綺麗になんだ?」


「まあ、魔術でな。ほれ、なんぼかやるよ」


 説明すんのもメンドクセーし、同士には旨いもんを食わしてやりてーしな。


「いいのか?」


「構わんさ。塩なんて幾らでもあるし、海にいけばいくらでも作れるからな」


 調子こいて何百トンも作っちまったもんだから保存庫の半分は塩で埋まっている。あ、会長さんに頼んで内陸部にいく隊商でも紹介してもらうのもイイかも。


「なら、ありがたくもらっておくよ」


「ジーゴは酒もいける口か?」


「そりゃ好きだが、なんでだ?」


「東の大陸の商人と仲良くなったから、あっちの酒を持ってきてもらうよ。刺身──生の魚に合う酒だからよ」


 まあ、聞いてはいねーが、いつの時代どこの世界でも酒を求めるのが人(いろんな種族をひっくるめて)だ。なら必ずある。あるなら持ってきてもらうまでだ。


「生の魚に合う酒か。そりゃ楽しみだな」


「おう。楽しみにしとけ。だが、その前に魚食いたくなったぜ。やっぱ明日は釣りだな」


 バージャンはある。ワサビに近いものもある。ネギのような薬味もある。釣り上げたら直ぐに捌いて食う。想像しただけでヨダレが出てきたぜ……。


「ベーは、釣りもすんのか?」


「ああ、磯釣り船釣り素潜りなんでもするぜ。あ、明日は船釣りにすっかな。王都の海ならバリエがいるしな」


 一メートルくらいの赤身の魚で黒マグロに近い味がすんだよ。うち村の海にはいねーから滅多に食えねー。ハルヤール将軍がお土産で持ってきてくれるのを待つしかねーんだよな。


「お、おい。おれも連れてけ。そんな話聞かされたらいきたくてしょうがねぇだろうがよ!」


「おう、行こうぜ。やっぱわかってくれるヤツと楽しみてーしな」


 刺身を食うのはオレだけで、食卓には上がらない。釣りにいったときに食うしかねーのだ。


「おし! 約束だからな」


「ああ、約束だ。なら明日の朝、朝食取ったらくるよ」


 さすがにガキんちょどもをほっといてはこれんからな。


「おう、待ってるぜ!」


 誰かと約束して出かける。前世を含めて久しぶりのことに、なんだか興奮してきたぜ。

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