第273話 師を越えてこそ

「ジーゴ。ちょっと来てくんないかい」


 兄弟子の割には雑と言おうか、敬意がまったくねー呼びかけだった。


「なんだ?」


 カウンターの裏がどうなっているか知らんが、出てくるの早いな。四秒も掛かってねーぞ。


「……もしかして、あんたら、夫婦なのか……?」


 なんとなく、かかあ天下って言葉が頭に浮かんでしまったのだ。


「な、なんでわかりやがった!?」


 なぜか狼狽えるジーゴ。なんでだよ?


「アハハ。なかなか見所があるね。ああ、ダンナだよ」


「職場内結婚かい。ふふ。 押しきられたな」


 どう見ても自分から口説くってタイプには見えねーし、惚れられて押しきられて、今は尻に敷かれてるって感じだな。


「──うっせーよ! なんの用事だよ!」


 まあ、からかうのもワリーしな、止めてやるか。


「師匠が出掛けたそうだから、武器を選んでちょうだい」


「選ぶ? お前、武器なんて使えねーだろう」


 家庭内の地位は別として、職人としては一流なようでちゃんとよく見てるやがるぜ。


「オレは冒険者でもなけりゃあ兵士でもねー。たんなる村人だ。戦う術なんて持ってるわけねーだろう。まあ、ド田舎なんで狩りはよくするがな」


 投げて叩くがオレの狩りです。


「知り合いのよろず屋の主に武器の買い出しを頼まれたんだよ。魔剣と良質の剣や槍を選んでくれや。あと、武具も適当に頼むわ」


「……適当にとか、武具店をナメてるだろう……」


「別にナメちゃいねーよ。素人が選ぶより玄人に選んでもらった方が確かだから頼んでんだよ」


 オレに武具制作の才能はねーし、見る目もねー。人並みも人並み。ザ・凡人がオレだ。


「……選んでおやりよ。師匠が親方と呼んでくれと言うくらいの子なんだしさ。あんただって認めてんだろう?」


「ちっ。わかったよ。来な」


 ジーゴがまた壁を叩くと、カウンター左側の壁が開いた。


「下じゃねーのかい?」


「地下は師匠の店。そっちはダンナの店さ。まあ、そんなに違いはないから安心しな。下に行かせたのはダンナが認めたから師匠の店を紹介したんだよ」


 その辺はよーわからんが、どっちも一流なんだ、オレに否はねーよ。


 なのでジーゴの店の方にお邪魔しますだ。


 ジーゴの店は地下ではなく隣のようで、よくある──かどうかはわからんが、それぼと突飛な造りはしてはいなかった。ただ、親方の店の品と同じく素人目にもわかるくらい良質な武具が揃っていた。


「魔剣とかは少ねーんだな」


 中学生が考えそうなものは二つだけ。あとは、普通(ここでは一級品が当たり前なんだよ)の武具が並べてあった。


「まーな。おれは魔を扱う才能がないんでな、普通に鍛冶屋をやってるんだよ」


 なるほど。親方はその人の才能を伸ばすのに長けてるタイプか。それなら弟子も増えるわな。


「イイ師匠だな」


「ったく。師匠と同類だな、お前はよ」


「同類かどうかはわからんが、まあ、褒め言葉だと受け取っておくよ」


 人外とは言え、偉大な存在と同類と言われて否定するほど偏屈じゃねーしな。素直にもらっておくよ。


「……はぁ~。まあいいわ。で、おれが決めていいんだな?」


「ああ。あと、あそこにある派手な槍を全部もらえるか? 人魚の兵士が好きそうなやつなんでよ」


 人魚は剣より槍を好む種族で、形も地味なのより派手なものを求めるのだ。あれなら兵士長クラスのもんに与えるのにちょうどイイだろうよ。


「人魚とか、お前は見た目通りなのか? おれより上だと言われても素直に信じられるくらいの態度だぞ」


「見た目通り、生意気なクソガキさ。気にすんな」


「……まっ、それならそれでいいさ。買ってくれんなら毎度ありだ」


「気に入らねーヤツは客じゃねーとか言わねーんだな」


「おれらは道楽……でやってるが、生きるための仕事でもあんだ、売れなきゃ食うこともできんし、材料も買えん。良いものを作るには金がかかるんだよ」


 まったくもってごもっとも。失礼いたしやした。


「ところで、金はあんだろうな?」


 収納鞄から金塊を六本取り出し、近くの台に置いた。


「足りねーならもっと出すが?」


「……毎度ありだよ、こん畜生が……」


 深いため息をついて武具を集め出した。


「人外の弟子の割にはまともだよな。もっとキモを太くせんと師匠のように人外になれんぞ」


「目指してるとこ違うわ、このアホが!」


 やれやれ。師を越えてこその弟子だろうに。そんなんだから尻に敷かれんだぞ。とは言わんがな。男なんてだいたいそんなもんだしよ。ガンバレ、ジーゴよ。オレは応援するぜ。

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