第270話 親方
これは経験則と言うか、持論なのだが、怒りの中にこそ人の真意はあるとオレは考えている。
普段は口調が柔らかく、物腰がイイ人も怒れば汚い言葉を発し、暴れたりと、隠していたものを出してくる。
まあ、それが人だ。悪いとは言わねー。本音と建前があっての人間関係。素直に生きてちゃあ、潰されるだけだ。いろんなもんにな。
そんな生き方はクソだと思うなら強くなれ。相手より立場が高く、感情を抑えることもない能力を身につけろ。どんな世界でも強者が法なんだからな。
と、まあ、そんな相手に逆らいたくなるのも人だ。弱いからと言って負けてやる義理も義務もねー。相手が強いからこそ反発心反抗心が燃えると言うものだ。
で、なにを言いたいかと言うと、だ。人は千差万別。人の個性も十人十色。相手を見る方法もいろいろってこと。サリネや会長さんのように見て直ぐにわかるヤツもいれば、自分を隠し、相手に悟らせねーヤツもいる。
なら、そいつの真意を見たけりゃ怒らせろ。感情を露にしろ。だったのだが、オレが相手を見ているように相手もオレを見ている。それがたまたま同じだった。だから本音をぶつけたのだ。客の礼儀としてな。
まあ、もっとも矜持や我が強いだけにコントロールするのが難しくて忘れがちになるがな……。
「第一関門、突破ってことかな?」
「まったく、恐ろしいガキだぜ。真っ正面から受けてきたのはベーが初めてだわ。あと、最終関門突破だ」
なにやらジーゴが壁を叩くと、右側の壁が横にスライド。地下へと続く階段が現れた。
「好きに見てってくれ。売りも買いも下でできるからよ」
と言うので遠慮なくお邪魔します。
細く、急な石造りの階段を下りて行くと、ちょっとした広間の奥に重厚な扉があった。
その扉にはアロードの工房と刻まれていた。
……アロード、ね。ゴハン十杯はいけそうな匂いがするぜ……。
扉をノックすると、扉が勝手に開いた。なんとも滑らかに、まるで自動ドアのように……。
「…………」
そこに広がっていたのは見事なまでの綺麗で整然とされた工房であった。
綺麗過ぎてオレの趣味ではねーが、ここの主の性格をよく表している。理知的で冷静な者だとな。
「おや、久しぶりのお客さんですか。よくいらっしゃいました。この店の主で、アロードと申します。どうかお見知り置きを」
囲炉裏のようなところで胡座をかく細身の老人。高僧のように奥が深く剣豪のように鋭い。そして、人生を悟ったような優しさがあった。
……ご隠居さんや悠久の魔女とはまた違った人外さんだな……。
隠すことのない存在感。なのに、嫌な感じはまったくない。あるがままの自然体。思わず『参りました』と言いたくなるぜ……。
「ふふ。随分と勘がよろしいようで。サムナやジーゴでは相手になりませんでしたか」
「……充分手強い関門だったぜ。まあ、疲れたがな」
「そうですか。ふふ。それはちょっと見たかったですね。下界もまだおもしろいことがあるのですね。わたしもグレンのように外にいれば良かったと後悔しますね」
「……まったく、この国はどうなってんだ? 無意味に人外がいやがるぜ……」
いったいなんの人外パラダイスだよ。異常にもほどがあんだろうよ。
「人を隠すなら人の中。人の道から外れても心は居場所を求めるもの。終の棲家は穏やかに過ごせる場所に建てたいですからね」
……ふふ。どうやら人外さんはまだまだいそうだな……。
「その意見には大賛成だな。あん──オレはヴィベルファクフィニー。よろしくな」
「おっと。これは失礼。ちゃんと名乗らないのは失礼ですね。わたしは……うん。親方、と、呼んでください」
「アロード、ではないのかい?」
「名もないのも不便ですからね、適当に名づけたまでです。自分の名前など等の昔に忘れました」
さすがファンタジーな世界のご長寿さん。飛び抜け過ぎてオレには理解できねー話だな。
「まあ、いろいろあんだろう。わかった。親方と呼ばさせてもらうよ」
「では、わたしもベーさんと呼ばせていただきます」
静かな笑みにこちらも応えるように笑った。
人それぞれ。人外もまたそれぞれ。世の中はいろんなものが満ちてるぜ。
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