第269話 同類

 名残惜しいが、金色夜叉こんじきやしゃをポケットに仕舞った。


「んじゃ、なんかあったら倉庫か孤児院にきてくれや。話を通しておくからよ」


 長いこと王都に住んでいるようで、地図を書いて教えたら直ぐに理解したよーだ。


「了解した。ベーがくるまで好きにやってるよ」


「おう。またな」


 軽く別れを言って店を出た。


 さて。本来の目的地たる武器屋にいくか。


 とは言っても、ここは武器屋通り。いやまあ、防具屋も道具屋もあるんだけど、武器屋通りで呼ばれてるんだからしょうがねーだろう。


 なんてことはどーでもイイわ。それよりどこにすっかな~?


 これまでの人生で武器屋に入ったのなんて二回しかねー。どんな金属製の武器があるか知るために入っただけで、店の良し悪しなんて気にもしなかった。


「……まあ、わかんねーんだから適当でイイか」


 今日は武器屋を知る、で行こう。知っていて損はねーしな。


 なんで、サリネの店のお隣さんへとお邪魔します。


 サリネの店同様、広さは十五畳ほどあり、店内にはあまり高くねー武器が飾られ、カウンターの奥に工房らしきところへと続いているよーだ。


 ……似てるところを見ると、建て売りかなんかかな……?


 オレの目から見てもそれほど高いものは置いてなさそうだが、客足はそれほど悪くはねーようで、中堅どころっぽい冒険者が何人かきていた。


 店の主が客を接客しているので勝手に見させてもらう。


 どうやらここは、主に剣類を扱っているようで、八割以上剣類が占めていた。


 人の身長、手の大きさ、利き手、種族や仕様、その場その時に応じたものが豊富に揃っている。もう専門店と言っても過言じゃねーな。


 まだ接客しているオヤジを見れば、元冒険者か剣を生業としていた者だとわかる体付きをしていた。


 もっとも、オレには強さをわかる能力もなければ出来る気配を感じる力もねー。見たまんまにしかわからねーが、こちらを見た目からは人生の重みを知っている強さは理解できた。


 剣を一振り買って行った冒険者らが去ると、主がオレを睨んできた。


「なんかようか?」


 接客する気0の、無愛想な声音である。


「ここは、剣の買い取りとかしてくれんのかい?」


 その目がオレの腰に移るが、ほんの一瞬、ただ職業柄見てしまった、ってな感じだった。


「やってねぇよ。帰んな」


 まるでダメだな。なんてことを思ったが、口にはせず『邪魔したな』と言って直ぐに店を出た。


 まあ、思うところはあるが、見る目のねーヤツに一秒たりとも関わり合いたくねーと、頭から強制的に追い出した。


 また適当に武器屋へとお邪魔するが、どこも似たり寄ったり。ガキ相手に商売する気はないようだ。ま、そりゃ当然だわな。


 格好がそれっぽくても子供は子供。金を持ってねーと判断してもしょうがねーか。そうそうサリネみたいなもんはいねーよ。


 出会いは時の運。遇うときは遇うし、遇わねーときは遇わねー。そして、出会いはインスピレーション。考えるな、感じろだ。


 物見遊山感覚で見て回っていると、やけに小さな武器屋があった。つーか、武器屋なのか?


 ドアにアロード武器具店と看板が下がっているが、ドアサイズの店って、店として成り立つのか?


 まあ、よーわからんが、オレの勘が言っている。ここはおもしろいところだと。


 ならば入らねばならんだろう。そこに店がある限り。


「と言うことで邪魔するよ」


 軽いドアを開けて入ると、カウンターがそこにあった。


 ドアからカウンターまで一メートル。もう店屋じゃないよね? とか突っ込んだら負けな状況に戸惑っていると、カウンターに恰幅のよいおばちゃんが現れた。


「いらっしゃい。買いかい? 売りかい?」


 説明はなしかい。ならイイだろう。その商売ケンカ、買った。


「売りだ」


「あいよ。物は?」


 ニヤリと笑い、収納鞄から自作の剣を出してカウンターに置いていく。


 五振りほど出したくらいで恰幅の良いおばちゃんの表情に動きがあったが、さすがこう言う商売をしているだけはある。まだまだ余裕そうである。そうでなくちゃおもしろくねーぜ。


 もともと幅が一メートルもねーカウンター。三十も出せば置ききれねーが、構わず剣を出していく。


 五十もしねーで置き場がなくなったので下に置いて行く。六十、七十、八十、そろそろ置き場がなくなってきたが、出すのは止めない。結界で自分の居場所は確保し、更に百、百十、百二十と出して行く。


 恰幅のよいおばちゃんからの声はまだ上がらねー。なかなかの強敵で嬉しいぜ。


 とは言うもののさすがに置けなくなってしまった。


「まず、これでいくらになる?」


 返事はない。が、剣と剣の隙間からは恰幅の良いおばちゃんが辛うじて見えるので、逃げてはいねーようだ。


「……そうだね。できは悪くはないが、そういいもんでもないし、一本、銀貨八枚ってところだね」


「じゃあ、それで頼むわ」


 へー。銀貨八枚か。なかなかの値を付けてくれる。オレの腕もまんざらじゃねーようだ。


「毎度あり」


 そう言うと、剣を下げる音が聞こえてきた。


 しばらくして、いや、三十分かかって目の前から剣が消え、更に一時間掛かってオレの周りから剣が消えた。


 見た目にわかるほど恰幅の良いおばちゃんの表情に疲れが見て取れ、やっと終えたことに安堵していた。


「なら、次は槍な」


「────」


 顔面蒼白になる恰幅の良いおばちゃん。なんだい、商売ケンカはまだ始まったばかりだぜ。


「──わ、悪かったよ! 止めておくれよ! あんたを侮ってた。これこの通りだ、許しておくれ!」


 まるでカウンターに頭突きをするかのように謝ってきた。


「なんだい。突然謝ったりして? オレはこの店の流儀に従ってやってるまでなんだがな。あと、別に侮りたいなら好きに侮ればイイさ。見る目もやる気もねーヤツにどう見られてもオレは気にしねーからな。じゃあ、槍な」


「──悪いな、お客さん。そのくらいで許してやってくれねーか?」


 と、奥から見るからに偏屈そうなじいさんが出てきた。


「オレはこの店の流儀を認めて売りにきてるだけだ。許すも許さぬもねーんだがな。それとも、なにかい? あんたらは客をバカにするために商売してんのかい?」


「……そう言われてもしょうがねーが、客をバカにしたことはねー」


「じゃあ、見下してんだな。オレの流儀に従えねーヤツは客じゃねーとかよ」


 図星のようで偏屈そうなじいさんの表情が動いた。


「別にあんたの流儀にどうこい言うつもりはねー。やりたきゃやれ。だが、貫けねー三流なら最初からやんじゃねーよ。見ていてイライラするわ!」


 偏屈なら偏屈でも構わねー。それもまたあんたの人生。他人のオレが言うことじゃねー。だが、下らねーだけの偏屈なんてたんなる子供の我が儘。たんなるバカだ。バカ野郎どもを侮辱してるのと同じだ。


「……言うじゃねーか、このガキが……」


「ガキでもな、譲れねーことは死んでも譲らねーんだよ。それが仮令負けるとわかっている勝負でもな。それがどうしよーもねーバカな男の生き様だ」


 睨み合うオレたち。


 外から見たら緊迫の状況だろうが、やっているオレたちはそれほどではねー。バカな男だからバカな男の気持ちはわかるものさ。


「ふっ」


「フッ」


 どちらからともなく笑いが零れた。


「オレはベーだ」


「わしはジーゴだ」


 そして、どちらからともなく握手をする。


「いらっしゃい」


「邪魔するよ」


 一目会ったその時から愛の花咲こともある──かどうかは知らねーが、一目会ったその日に理解し合えるヤツはいる。


 それが同類って生き物だ。

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