第267話 オレに二言はねー

 店の中に入ると、濃密なまでの木の香りで満ちていた。


 ド田舎暮らしで、自ら木を伐ったり加工したりしているオレですら『うっ』と鼻を押さえてしまうのだから慣れてない者には気分を悪くして倒れてしまうことだろうよ。


 とは言え、直ぐに慣れるのがド田舎に生きる村人。十秒くらいで気にもならなくなったがな。


 落ち着いて周りに目を向けた。


 木工職人の工房にも負けぬ臭いに武器屋なのを忘れていたが、武器屋の看板を掲げるだけあって武器──木で作られたもの、弓が店内のいたるところにあった。


「……スゲーな……」


 弓の質や数ではなく、それを置く台や弓とは関係ない家具、矢を入れる筒箱の作りがあまりにも見事で思わず呟いてしまったのだ。


 ……もはや芸術だな……。


 上手いこと言えねーが、わかる。これは素晴らしい作だと。


 オレも道具を揃え、木を切ったり削ったりするが、この台はなんの道具を使ったかわかんねーよ。なに、この見事な流線形は? 鉋か? ヤスリか? それともそれ専用の道具があんのか?


 肌触りもハンパねー。まるでガラスの表面のように凹凸がなく、それでいて木の温もりと質感があるのだ。


「名工だな、これを作ったヤツは……」


「──商品ではなく、それ以外を褒めてもらったのは久しぶりだよ」


 と、背後からの声に振り返ると、ターバンのようなものをした美形なねーちゃんが立っていた。


 吟遊詩人かお姫さまかと思うくらい、立ち姿が決まっている。が、その手だけは職人なのを語っていた。


「ワリーな。お邪魔してたよ」


「気になさらず。客がきてこその商売さ。それに、わかってくれる者は客じゃなくても歓迎するよ」


 そんなセリフに思わず笑ってしまう。


「この素晴らしさをわかんねーなんてどうかしてるな。まさに匠の技だぜ」


 テーブルの上に置かれた鏃を入れてある箱をつかみあげ、神に捧げるように掲げた。


「ほんと、嬉しいね。君も木工職人かい?」


「これを前にしてそうだとは言える度胸はねーよ。オレのは趣味に毛が生えたようなもんだな」


 言ってポケットから魔剣(普通のバット)を取り出し、ねーちゃんに渡した。


「なるほど。なかなかの出来じゃないか。でも、いったいどんな道具を使えばこんな円を描けるんだい? 真円じゃないか」


 おや。この時代じゃ定盤やろくろの類いはねーのか?


「木を固定して回転させて刃で削っていくのさ」


 結界でやってみせた。


 結界にはまったく興味は示さず、定盤装置に目を輝かせていた。まさに職人の鑑だな。


「──おっと。これは失礼。わたしはこの店の主で木工職人のサリネと言う。よろしくな」


 しゃべり口調は男のようだが、表情はとっても柔らかく、女性らしい笑みだった。


「オレはベー。まあ、本当の名前は長くて言い辛いからそう呼んでくれ。だいたいそれで知られてっからよ」


「そうかい。ならそう呼ばせてもらうよ。わたしも気軽にサリネと呼んでくれ」


 なんとなく、自然に、サリネと握手してしまった。


「なんだろうね。ベーとは初めて会った気がしないよ」


「オレもだよ。たぶん、趣味や好みが合うからなんだろうよ。ここにあるもの、全て欲しいくらいさ」


 もちろん弓もこん棒もだが、台やテーブル、小物と言ったものを家や秘密基地に置きてーよ。さぞかし映えることだろうよ。


「買ってくれるなら好きなものを選んでくれて構わないさ。好きな作品を作るにはいろいろとお金が掛かるからね」


「そのための武器屋かい?」


「ああ。武器は高く売れるからね」


 近くの短弓に手をかけ、掲げてみる。


 なんの木を使っているかはわからねーが、質の良さならわかるし、作りもわかる。狩人なら喉から手が出るくらい欲しがることだろう。オレなら銀貨十枚出しても惜しくはねーな。


「じゃあよ。飾ってあるこん棒も売ってくれんのかい?」


「もちろん。だが、あれは客寄せに飾ったものだよ。武器としては役に立つかどうか……」


「そこは大丈夫。オレの力でなんとかすっからよ。で、だ。再度聞くが、本当に買えるだけ、つーか、この店にあるものなら売ってくれんのかい?」


「二言はないよ。買ってくれるならそこの木クズでもどうぞさ」


 その言葉にニヤリと笑う。


「なら、サリネも、正確に言うならその腕も売ってくれんだな?」


 オレが求めていた者の中に木工職人もいた。


 ある程度なら椅子でもベッドでも作れるが、実用一点張りの無骨なものしか作れねー。洒落たものを作るセンスも腕もねーのだ。


 やはりインテリアにも力を入れてーし、洒落たものにしたい。なによりサリネの腕が欲しい。


「その腕を買えるなら金貨百枚でも二百枚でも出す。なんなら工房や道具も用意する。サリネが好きなものを好きなだけ作れる環境を用意する。だからうちの村にきてくんねーか?」


「それはなんとも魅力的な誘いだね。だが、わたしで本当にいいのかい?」


「構わんさ。サリネがハーフだろうがなんだろうがなんも関係ねー。うちのご近所さんは異種族ばかり。ドワーフもいれば獣人もいる。人魚とも交流がある。ハーフエルフにも友達がいる。なんら気にする必要もねーよ」


 サリネがハーフエルフなのは見て直ぐにわかった。だが、オレが重要視するのはその腕。そして、来てくれるかだ。他はどうでもイイことだ。


「本当に好きなものを好きなだけ作っていいのかい?」


「オレに二言はねー」


 寝る間もなくなるくらいの環境を作ってやんよ。


「よかろう。ベーに買われた」


 どちらからともなく、自然に握手するオレたち。


 やはりオレとサリネは同類だぜ。

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