第262話 知る人ぞ知る商人

 船の様子からして中も綺麗なんだろうとは思っていたが、オレの想像を超えて素晴らしかった。


「スゲーな。まるで豪華客船だわ」


「客船って言葉から船なのはわかるが、豪華客船ってのはなんだい?」


「金持ちが旅行するとき乗る娯楽船さ」


 前世が貧乏だったオレには豪華客船に乗れるヤツは皆金持ちさ。


「……それはまた、海を知る者として想像し難いものだな……」


 だろうな。このファンタジーな海で娯楽船なんて発想できるヤツは狂ってるか海を知らねー妄想家くらいなもんだ。


「まあ、本の中の物語さ。気にすんな」


 信じてない目をオレに向けてくるが、そんくらいの目ではオレのスルー力は弱くない。構わずサーリンさんの後に続いた。


 通されは先は、たぶん、チャンターさんの部屋だろう。執務室っぽいことからして。


「品がイイもんばっかりだな」


「ありがとうと、言いたいところだが、これは全て兄のものさ」


「フフ。黙って持ってきたのかい?」


「貸してくれと言っても貸してくれなかったからな」


 悪びれもせず口にするチャンターさんに、思わず苦笑してしまった。


「まあ、席にどうぞ。サーリン。お茶を頼む」


 はいと返事したサーリンさんが、部屋にあった茶器を使って茶を淹れ始めた。


 革ソファーに腰を下ろし、再度、部屋の中を見回した。


「東の大陸の造船技術は大したもんだな。継ぎ目の鮮やかさに水を弾く釉薬。もはや芸術品だぜ」


 模型にして家に飾っておきてーくらいだが、オレの腕では作れる自信がねーわ。


「ベーは若いのに老成したような目を持つんだな」


「まあ、趣味人だからな。興味のあることは貪欲に求めっちまうんだよ」


「フフ。まあ、そう言うことにしておこう」


 なかなか空気を読める東の商人だこと。


「どうぞ」


 と、目の前の大理石っぽいもので造られたテーブルの上に陶器製のカップが置かれ、サーリンさんがポットで茶を注いでくれた。


「白茶、かい?」


 会長さんとこで飲んだのとはちょっと匂いが違うようだが?


「やはり白茶を知ってたか。カンリマと呼ばれる地で栽培されたものさ」


「種類、じゃなくて土地か。気候に風土、あとは加工が違うのかい?」


「老成の目だけではなく賢人の目も持つのだな」


「別に知り合いが多いだけさ」


 礼儀として一口飲むが、やはりオレの口には合わねーな。


「白茶が王都で流行っているようだが、チャンターさんもその口かい?」


「ああ。もっとも二番煎じ、三番煎じだがな」


「まあ、足りてねーようだし、堅実でイイんじゃねーの」


 スゴい儲けにはならんだろうがそこそこは儲けんだろう。もっとも、量と販売ルート次第だがな。


「……これも買ってくれるのかい?」


「売ってくれると言うのなら喜んで買わしてもらうさ。だが、イイのかい? オレが買い占めても……」


 売るためにきたんだろうが、オレだけでは次に繋がらない。王都でのチャンターと言う名は広がらないってことだ。


「フ。どこまでも見透かすな、ベーは。まるで爺さまと話しているようだ」


 つまり、チャンターさんの土台はその爺さまってことか。生きてたら話してみたいもんだ。いや、死んでるかどうかは知らんけどさ。


「とにかく、まずは売れることが一番。利益を出すことだ。兄貴どのの船を借りてきたからには儲けを、投資額の三倍は儲けなくてはおれに未来はないし、兄貴どのに嘲笑される。形振りは構ってられないのさ」


 チャレンジャーってよりたんなるバカだな。だが、そんなバカは好物です。


「この船になにがあるかは知らんが、チャンターさんの商才とバカっぷりを鑑みて、これでどうだい?」


 収納鞄から金の延べ棒を五本出した。


 だいたい一本十キロ。金貨にしたら……なんぼだ? まあ、よくはわからんが、魔道船は余裕で買えんじゃね?


「……な、なんと言うか、ぶっ飛んだヤツだとは思ってたが、自分が可愛いく思えるくらい飛び抜けてるな、ベーは。まさに一攫千金どころか万金だわ……」


「人脈は万金にも勝る。ってのがオレの信条だからな」


 そう言うと、常にスマイル0円を垂れ流していたチャンターさんの顔が真面目になった。


「おれに儲けを与えてくる者を見付けることが二番……なんて都合の良いことを考えていたんだが、まさか本当にいるとはな。この世に神がいるんじゃないかと信じてしまいそうになるよ……」


 真面目な自分に堪えられなかったのか、スマイル0を出したが、突っ込みを入れてくれないオレに負けてか、また真面目な顔に戻った。


 しばし沈黙が満ち、お互い見詰め合う。が、男を見詰めてても楽しくないのでこちらから口を開くことにした。


「……チャンターさんは、名の知れた商人と知る人ぞ知る商人、どっちが好みだ? ちなみに儲けれるのは多分、知る人ぞ知る方だな。まあ、名の知れた方もそれなりには儲けられるがな」


 試されてると理解しているのだろう、真面目な顔をしているが、額の汗は脳をフル活動していることを示している。


 さあ、どうすると? 微笑を浮かべてチャンターさんの答えを待った。


「……怖いな、ベーは……」


「そうかい? オレの知る最高の商人は笑ったぜ。おもしろい商売ができそうだってな」


 他の商人から見たら三流以下だろうが、オレから見たら超一流の商人だ。客を喜ばせ、自分も喜ぶ商売をしたいって言うんだからな。


「……それは、なんと言うか、妬ましいな……」


「商売は人それぞれ。チャンターさんはチャンターさんの商売をすればイイさ。少なくてもオレはチャンターさんのやり方、嫌いじゃねーぜ」


 そのバカっぷりなところとかな。


 と、チャンターさんが両手を挙げた。まさに降参とばかりに。


「おれも知る人ぞ知る商人がいいな。やはり商売は楽しまないとな」


 はい、合格。


「チャンターさんとは長い付き合いになりそうだ。よろしくな」


「……なんだろうな。悪魔と契約したような気分だよ。だが、それもまたよしだ。こちらこそ、よろしくな」


 差し出した手をしっかりと握り締めた。

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