第217話 買い物はほどほどに
「おばちゃん。これ幾ら?」
紫色したカブの束を持ち上げ、売り子のおばちゃんに尋ねる。
「小銅貨二枚だよ」
「あいよ。小銅貨二枚な」
おばちゃんに小銅貨二枚を渡してカブを受け取り、背負い籠に放り込む。
「ってな感じだ」
振り返り、六人に買い物の初級編を見せた。
なにやってんの? ってな突っ込みはノーサンキュー。浮浪児に金の概念もなけりゃ買い物なんて無縁のもの。その二つをやれって言ったってできる訳もねー。なんで金と買い物をやって見せたのだ。
「まあ、これを直ぐにやれとは言わねーから心配すんな。まずは金と買い物がどんなものかをわかれ」
カラエ以外はまったくわかってない顔をしているが、まあ、こんなもんだろうと流しておく。
「カラエは、買い物したことあるか?」
「はい。何度かあります」
貴族は貴族でも下級貴族のようだな。
「じゃあ、試しに買い物してみろ。そうだな、パプカにするか」
形はシシトウに似た、若干苦味のある野菜で、塩で炒めて食うものだが、ゴジルで炒めると旨そ……じゃなくて、篭で売られてるから丁度イイだろう。
「あ、あの、わたしがしていいでしょうか?」
「イイもワリーもこれがお前らの仕事になるんだ、やるのがイヤなら帰れ」
最初が肝心なんでな、厳しく言い放つ。
「すっ、すみません! やります! やらせてください!」
なんか周りからの視線が痛いが、ここで態度を崩す訳にはいかねーんで根性で堪える。
「お前らにも言っとく。やりたくねーのなら帰れ。また物乞いでもしてろ」
ガキどもを睨みつけながら言う。
これがオレたちが生きている世界であり時代だ。生きるのを止めたヤツに未来なんてねーんだよ。
「おら、やるだよ! 兄貴、買い物教えてくれだ!」
その動機がなんであれ前向きになれるデンコには未来がある。力を貸したくるってもんだ。
「他はどうだ?」
「やります!」
「やる!」
「やるよ!」
「……やります……」
全員が生きる意志を示した。
うん。やっぱこう言う目をしたヤツらは見ていて気持ちがイイな。こっちまで生きたくなるぜ。
「よし。オレがしっかり教えてやる。しっかり覚えろ」
頷き一つして買い物初級編を再開する。
二軒三軒と買い物を続けて行くと、カラエも慣れてきたのか堅さが取れ、あと三軒もこなせば初級編は卒業だなと、考えていたら右手が震え出した。
なんだと見ると、タケルからもらった時計……じゃなく通信機だったっけ。
「えーと、青い点滅だから通信、だったよな」
前世じゃ携帯も電話しか使ってなかったアナログ人間だったので、こーゆーメカメカしいものは苦手なんだよな。
「これだったかな」
受信ボタン、だと思うものを押すと、通信機から七インチくらいの薄透明な画面(?)がオレの目の前に現れた。
え? どうすんのこれ? と戸惑っていると、画面(?)が切り替わってタケルが映し出された。
さすがアニメから生まれたもの。よくわかんねー。
「ベーさん、お金貸してください!」
現れるなり意味不明なことを叫んだ。
「いきなりなんだい。意味わからねーよ」
「お金が必要なんです、お願いします!」
興奮しすぎてオレの声など届いちゃいねーようだ。なんか旨いもんでもあったんか?
「金なら渡してあるだろう」
その装備を渡したときに……言ってなかったわ。
「ワリー。言ってなかったな。金なら革鎧下に着た上着の右ポケットに入ってるから見てみな」
タケルにも買い物させようと入れてたんだが、すっかり忘れてたわ。すまん。
画面(?)の中で革鎧下の上着を慌ててまさぐり、金を入れたポケットから金貨を握り出した。
「金貨五百枚は入ってるから無駄遣いすんなよ。あ、細かいのは左のポケットな。大中小の銅貨を適当に入れといたからよ」
そう教えたら、慌ててたタケルが口を開けてオレを見ていた。どーしたん?
「……あーベー」
と、タケルが消え、カーチェが現れた。なんかスゲー呆れた顔して。
「……なんでしか、その大金? いくらなんでも渡しすぎだろう。わたしだってそんなに持ったら怖くて外を歩けんよ……」
「大丈夫だよ。そのポケットから出せるのはタケルだけだからな」
「いや、そう言う意味では……いや、まあ、いいです。ベーですし。ですが、いくら家族でも持たせすぎではないか?」
「そう言われてもな。その金はタケルのもんだし、タケルが持つのが当然だろう」
銀行なんてある時代じゃねーんだ。自分の財産は自分で管理する。それもまたこの時代の常識だ。
カーチェらだって……あ、冒険者ギルドに預けることができるシステムがあったっけな。まあ、ギルド員しか使えねーんだからやっぱ自分で管理するしかねーか。
「……あ、あの、おれ、なにしましたっけ? さっぱり記憶がないんですが……」
「なに言ってんだ。モコモコ族を連れてブララ島にいくとき、火竜倒しただろう。その羽根の代金だよ。あれ? これも言ってなかったっけか?」
「言ってませんよっ!」
ありゃ、それは失礼しやした。ごめんチャイ☆
「アハハ。ワリーワリー。忙しくて忘れったわ。まあ、羽根を売るとそんくらいになってオレが買い取った訳だ。だからその金はお前のもの。好きに遣えばイイさ。あ、掘り出し物があったら即買えよ。背中側のポケットに爪先くらいのダイヤモンドを三十個とエメラルドを確か二十個くらいは入れておいたはずだからよ」
ダイヤモンドをカットする技術があり、エメラルドはこの国で幸運の石として人気がある。ちょっとした城ならそれで買えるくらいなはずだ。
……まあ、こんな時代だから金の使い道なんてそうはないが、なんにでも万が一はあるもの。ないよりはあった方がイイだろうと持たしたんだよ……。
「まあ、なにを買うか知らんが、ほどほどにな。じゃあ、また後でな」
言って通信を切った。こっちもまだ買い物があるしな。
「さて。買い物を続け……ん? どうした?」
ガキどもに目を向けると、なにやらポカーンとしてオレを見ていた。
「……あ、兄貴、今のなんだや……?」
あー、さすがに通信機はまずかったか。が、そこはそれ。この世にはとっても便利な言葉がある。
「魔法だ。気にすんな」
「はー、魔法だか。やっぱ兄貴はスゲーだなや!」
「あ、うん、まーな……」
あと、その純真な心を忘れないでね……。
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