第213話 兄貴としての威厳

「今日は買い物をします」


 そう朝食で宣言し、タケルとカーチェには別行動をしてもらいタケルに王都の様子を学んでもらうことにした。


 オレと一緒にってのもイイんだが、買い物となると目的を完璧にさっぱりと忘れるだろうからカーチェに任せることにしたのだ。あと、カーチェがいるなら武器屋での買い物がすんなりいくしな。オレじゃ門前払いくらいそうだしよ。


「まあ、しっかり学んでこいな」


 満腹で動けないタケルにそう投げかけて、一足先に買い物へと出た。


「今日はなにを買うだか?」


 後ろでリヤカーを引くデンコは、王都の様子に今日もわくわくのようだ。


「まずは市場調査だな」


「なんだか、それは?」


「まあ、簡単に言えばなにがあって幾らで売られているかを調べるってことだ。デンコは買い物したことあるか?」


「ないですだ。前の村じゃ店もなかっただからよ」


 そりゃそうか。うちの村でさえほとんど物々交換だもんな。魔境にある村じゃ完全自給自足にもなってねーほど厳しいとこだしな。


 まずは朝市が行われる広場へと向かう。


 王都でも市はいたるところにあり、今日きたところは船乗りや人足相手にしている商売のものやその周辺の者が主に利用するところの市だと、野菜を売っていたおばちゃんが言っていた。


 イレギュラーな存在なので大量買いは我慢し、調査用(サプルの料理試作のためにな)に見たことのないものを買って行く。


 やはり土地が違うと栽培する野菜も変わってくるもんだな。王都は根菜類より葉物野菜の方が多い。


 まあ、だいたいが煮て、汁物になってしまうが、炒めても旨いし、さっと湯がいて貝と混ぜてマヨネーズを掛けて食うのも旨いものもある。


「兄貴」


 珍しく卵を売っていた露店で買えるだけのものを買ってると、デンコがオレの肩を叩いた。


「ん、どーした?」


 なんか欲しいもんでもあったか。


「兄貴、あれ……」


 デンコが指差す方向に、痩せこけてボロを見に纏った子どもがいた。


 なにやら露店のおばちゃんから野菜クズをもらっているようだ。


 髪がボサボサで汚れすぎて性別はわからんが、背からしてデンコと同じか下くらいだろう。まあ、七歳から五歳って感じだ。


「兄貴、あれドワーフだよ」


 オレには違いがわからんが、ドワーフのデンコが言うんだからそうなんだろうよ。


「……よく見りゃ結構いんな……」


 買い物に夢中で気が付かんかったが、よくよく見ればボサボサでボロボロになった子ども──浮浪児があちらこちらにいた。


「おばちゃん。あーゆーのは多いのかい?」


 卵屋のおばちゃんに聞いて見る。


「ああ。いろんなところから流れてくるからね」


 この世界は戦争より魔物の被害や飢饉の方が多い。知らぬ土地で知らぬ村が滅び知らぬ土地へと逃げて行く。そして、流れ着くのが王都らしい。


 さすが王の住む土地なだけあって魔物の被害は少なく、作物も豊富に作られている。海の幸も多いから飢饉にも強い。だからあーゆー浮浪児がいても王都の人間は気にしないし、邪険にもしない。味はともかく腹は満ちているから野菜クズをやっても気にしないってことのようだ。


「……兄貴……」


 助けを求める目を向けるデンコ。


「デンコ。オレは誰にでも優しいってわけじゃねーぞ。モコモコ族やお前ら一家を助けたのはオレに利が、得になると踏んだから助けたまでだ。オレに得がなけりゃオレは見捨てていた。別に酷いと言われたってオレは気にしねーぞ。それがオレの限界なんだ。できもしねー助けなんてオレばかりか家族にまで苦労をかけっちまう。ましてや、自分がしねーで他人にやらせる野郎になんと言われようが心には響きはしねーよ。そんなに助けたきゃまず自分が動け。それにな、デンコ。あいつらに食いもんを与えたからって助けたことにはなんねーぞ。まあ、その日は助かるからやりたければやればイイさ。目の前で死なれんのも気分がワリーしな、別の場所で死んでくれってな」


 まあ、人それぞれの人助けだ。勝手にやればイイさ。無駄ではないだろうよ。まっ、有益とも言わんがな。


「…………」


 悔しそうに唇を噛んで俯くデンコ。こいつは本当に賢くて優しい男だな。


「どうにかしたいか?」


 言うと電光石火のごとくオレを見る。


「助けてくれるだか!」


「助けてやることはできねーよ。だが、どうにかしてやることは、まあ、やれなくはないな」


 助けてやるなんておこがましいことは言えねーよ。だが、あいつらを利用してやろうと考えたら手は幾つもある。それを利用して助かるかはあいつら次第。オレの領分じゃねーよ。


「もっとも、オレから動く気はねーし、動かねーならそれまでだがな」


 まあ、それでわかるならオレの立場が危ぶまれるってこと。天才はサプルやトータで充分。腹いっぱいだ。まだなられちゃ困るから目覚めさせないように示唆してやる。


「ああ言うガキでも仕事はあるしな、やりたいのなら腹いっぱい食わしてやるよ」


 だから動けと、デンコに笑いかけてやった。


「はいですだ!」


 輝かんばかりの笑顔を咲かせて朝市の中に消えていった。


 やっぱ、兄貴としての威厳を見せておかねーとな。なんかデンコ、天才臭がすっからよ……。

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