第207話 はぁあぁぁっ!?

 パーティーの解散。それは冒険者を引退するのと同義語である。


 まあ、パーティー全員が、冒険者を辞めるってわけじゃねーし、ソロでやったり違うパーティーを作って続けるかもしれんが、少なくとも言ったザンバリーのおっちゃんは冒険者を辞めるってことだ。


 その衝撃を飲み込むまでの時間を稼ぐために、場所をギルド併設の酒場へと移った。


「酒を頼む。おれはコーヒーな」


 各自席に着き、開口一番にザンバリーのおっちゃんがオレに注文した。


 付き合いが長いので『なんでオレにだよ!』と突っ込みはしねーが、イイのかそんなことして?


「ここは持ち込み可能だ。まあ、いくらか注文せんと居心地は悪くなるがな」


「じゃあ、なんか食うか?」


 なんか食いたそうにしているタケルに聞いた。


「旨いものをお願いします!」


 まずねーなと言いたいが、空気の読めるオレはそんなことは口にしねーよ。ウエイトレスのねーちゃんが横にいんだからな。


「じゃあ、煮込み料理を十人前頼むよ。あ、これに入れてや」


 収納鞄から空の鍋を出してウエイトレスのねーちゃんに渡した。


 いつか食に飢えたヤツに食べさせてやる用にちょうどイイだろう。


「……わ、わかりました……」


 さすが冒険者ギルドがやってるだけあって余計なことは言わず、?マークを頭に咲かせながら厨房へと下がっていった。


 更に収納鞄から中身の詰まった鍋を出し、人数分の食器と葡萄酒、ルコ酒、そして、コーヒー(粉にしたもの)を出した。


「角煮でイイか? 本格的に食うならもっと出すが?」


「アタイ、貝の干したヤツが食いたいよ」


「わたくしは甘いお菓子がいいですわ」


「わたしは、枝豆をお願いします」


 相変わらず食の好みは変わらねーな。


 それぞれの注文を出し、ザンバリーのおっちゃんのためにコーヒーを淹れてやった。


「ベーさん。米食いたいです!」


「東の大陸にあるそうだからいって採ってこい」


 ねーもんは出せねーわ、アホが。


「……ベー、これ……?」


 一口飲んだザンバリーのおっちゃんが目を見開いてオレを見た。


「ラーシュの国──つーか、大陸で見つかった正真正銘のコーヒーだよ」


 まあ、この世界ではだがな。


 ザンバリーのおっちゃんもコーヒーの味に魅了された一人で、食後や一服にはコーヒーと決めてるのだ。


「これが本当のコーヒーか。ベーが必死になるのもわかる。これは病み付きになるぜ」


 ザンバリーのおっちゃんはブラック派なので、オレより味がわかるヤツなのだ。


「話を聞く前に軽く自己紹介しとくわ。こっちの大食いはタケルだ。ちょっと変わった船の船長をしている。今は見聞を広めるためにオレの護衛って形で連れてきた。家族として扱ってるからよろしくな」


「ばぶべす。ぼどじぐべふ」


「タケルです。よろしくだとさ」


 ったく。すっかり食いしん坊キャラになりやがって。モコモコガールと被ってんぞ。


「で、こっちはデンコ。見ての通りドワーフだ。ちょっとした事情でうちで雇い入れたおっちゃんの子だ。土魔法の才能があんでな、今、いろいろ教えているとこだ」


「デ、デンコですだ! よろしくだす!」


 タケルよりも大人な対応をするデンコくん。君は将来、立派な大人になれるよ。


「んで、こっちの冒険者パーティーはオレの友達だ。以上」


「おいおい、自己紹介あっさりし過ぎだろう。もっと言葉を増やせや!」


「それはおいおい知ってけばイイさ。こいつらは、まだ王都にきたばっかりで落ち着いてねーしな」


「いいじゃないですか。ベーとは長い付き合いになるんです。わかり会える時間はたくさんありますよ」


「まあ、そー言うこった。で、なんで引退すんだい? 天下のA級冒険者がよ」


 この時代で四十……うん歳は初老になるが、人間止めたかのようなA級冒険者ともなれば百五十まで平気で生きられそうなくらい元気であり、おっちゃんならまだ油が乗ってるくらい現役中の現役だ。


「まあ、仕事がないってのと、ちょっとやりたいことが見つかったからだな」


「仕事がない? いやまあ、A級の冒険者にそうそう回ってくる難題はねーと思うが、凶悪な魔物ならいっぱいいんだろうが」


 魔物が当たり前のようにいる世界。大暴走や災害なんて珍しくもねー。今が暇だからと言って明日も暇とは限らない。ましてやA級ともなれば下手な貴族より金を持っている。半年や一年働かなくても生きていけるだろーに。


「まーな。だが、オレも四十五だ。若い頃のような情熱もなくなってきて、家庭っつーもんに憧れるようになっちまうようになったんだよ……」


 まあ、ザンバリーのおっちゃんと同じ年齢まで生きたから、その気持ちはわからなくはねーよ。だが、おっちゃんだけの問題じゃねーだろう。


 イイのかと、三人に目を向けた。


「まっ、ザンバリーがそう思ってしまったのならしかたがないですね」


「そうですわね。腑抜けたリーダーの元ではまともな仕事はできませんからね」


「ザンバリーがいてのパーティーだし、ザンバリーが辞めるならあたいはそれに従うよ」


 それぞれの性格で言ってるが、元々ザンバリーの人柄で結成されたパーティーだ、旗印がないのなら続けても有害でしかねーわな。


「三人はどーすんだ?」


「考え中ですね。ザンバリーのいく末が気になりますしね」


 クールなカーチェにしては珍しく悪戯な目をザンバリーのおっちゃんに向け、残りの二人もニヤニヤして見ていた。なんなんだ?


「なあ、ベーよ。おれが結婚したいって言ったら、変か?」


「いや、変じゃねーし、まともな男なら当然だろう」


 ましてやザンバリーのおっちゃんは見た目も中身も申し分ねー。結婚したらイイ夫でありイイ父になることだろうさ。


「ほ、本当か!?」


 なにか、今まで見たことねーくらい輝いた笑みを見せた。


「いや、ウソ言ってもしょうがねーだろうが」


「なら、シャニラと結婚させてくれ!」


 と、なぜかオレに頭を下げた。


「いや、なんでオレに断ってんだよ。したきゃ勝手にしろよ。おっちゃんの親じゃねーんだからさ」


「あ、いや、シャニラがお前が許してくれるのならって……」


 そもそもシャニラって………あ。


 ……………………。


 ……………。


 ………。


「──はぁあぁぁっ!?」

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