第191話 薬師としての仕事

「気が向いたらまた来いや」


「おう。今度来るときは蒸留酒をいっぱい土産にもってくるよ」


 そう言葉を交わし、じーちゃんの店を出た。


「んじゃまあ、紹介頼むわ」


「言っといてなんだが、一流どころの冒険商人は期待すんなよ。一流だけあって金も矜持も高いからな」


「どんな職業だろが一流なんてそんなもんさ。もっとも、オレとしてはそんなもんを二の次にしている超一流な船乗りと仲良くなりてーがな」


 船長さんを見てニヤリと笑うと、苦笑いをした。


 金も矜持も大切さ。だが、それだけのヤツはそこまでのヤツ。それ以上のなにかを持ってなけりゃあ、その壁は越えられんよ。


「まったく、お前の頭ん中を覗いてみてぇよ」


「きっとバカなもんがいっぱい詰まってるぜ」


 なんてことを言いながら港にくると、なにやら港が騒がしかった。


「なんだ、いったい?」


 船長さんの訝しげな顔からして非常事態があったようだな。


 船長さんの顔パスで港(関係者以外立ち入り禁止区内)に入ると、黒煙が上がっているのが見えた。


「火事か?」


 まあ、木造船だからな、火事になっても不思議じゃねーが、人足や船乗りの慌てからしてただの火事ではねーみてぇだ。


「たぶん、海賊に襲われたんだな」


 港の騒がしさに覚えがあるのか、船長さんが小さく呟いた。


「海賊、やっぱいんだ」


 大航海時代じゃねーとは言え、魔道船やら商業船があるんだからいるだろうとは思ってたが、実際に聞くと変な感動があるもんだ。まあ、襲われたヤツらは気の毒だがよ。


「そりゃいるさ。一船襲えば一財産になるからな。毎年、何十隻と襲われてるよ」


「この国の海軍はなにしてんだ?」


 海軍があるとだけは辛うじて耳にしてるが、それがどんなもんかまでは届いてねーんだよ。


「もちろん、海軍だって海賊退治には出てるが、この広い海の全てを守ることは不可能だ。それに、海賊もバカじゃできねぇからな、船乗りの錬度も船の性能も海軍に負けてねぇんだよ」


 まっ、そりゃそーか。こんなファンタジーな海で海賊やろうってんだから頭も度胸も並みじゃやってられんわな。


「お、バリー、どうした?」


 と、船長さんが毛むくじゃらのゴッツイ中年オヤジに声をかけた。


「ん? おう。タージか」


 船長、ヤでもマでもなかったわ。いったいどっから出て来た? 我ながら謎だわ……。


「ブラーニーの船が海賊に襲われたそうだぜ」


「ブラーニーか。確か、帝国にいってたはずだよな?」


「ああ。バウニング商会の依頼さ」


「あの航路か。なら、一つ目に襲われたんだな」


「多分な。あの諸島は視界がワリィーし」


「にしても、一つ目に襲われてよく生きて辿り着けたもんだな、ブラーニーのヤツ。ザンナの船ですら沈められたのに」


「まあ、ブラーニーんとこは速さが売りだからな。逃げ足は天下一品さ」


「ちげぇねー」


 なんともあっさりとした会話である。それだけ日常茶飯事ってことか?


「──誰か、医者を呼んでくれっ! 親父が死んじまうよっ!」


 人垣の向こうから女の声が上がった。


 声の質から言って若い娘だろう──が、今世の海では女が船に乗ることは禁忌じゃねぇのか?


「医者って、呼べばきてくれるほど王都にいんのか?」


 医者なんて貴族か金持ちしか相手せんと聞いてたんだがな。


「まあ、金貨十枚も積めばきてくれる程度にはいるぜ」


 つまり、呼んでもこないってことか。腐った……いや、それが今の時代か……。


「しゃねーな」


「ベー?」


 船長さんの訝しげに構わず人垣の間を入っていく。


 人垣を抜けると、黒煙を上げる船の前には怪我をしたもんらが麦藁の上に寝かされ、辛うじて軽傷な者が世話をしていた。


「頼むよ! 金はちゃんと払うから医者を呼んでくれっ!」


 十六、七の小麦色に焼けた赤髪のねーちゃんが必死に叫ぶが、誰も応えたようとはしなかった。


 まあ、それも無理はねー。呼びにいっている間に死んじまいそうなくらい重症なのがよくわかったからな。


「ねーちゃん。医者じゃねーが、薬師ならいるがどうする?」


 なんの義理もねーが、これも師匠の教え。『救えるなら救っておやり』だ。まあ、楽にしてやれって意味も含まれてるがな。


「医者でも薬師でも構わないよ! 親父を助けてくれ!」


「まあ、やれるだけはやってみるよ」


 病気じゃなけりゃあ、なんとかなんだろう。


 一番重傷な親父さんとやらに近寄り、容態を診ようとしたら首根っこをつかまれ、持ち上げられた。意外と力あんな、赤髪のねーちゃん。


「お前がみんのかよ!」


「オレが診んだよ。文句があんのか?」


「あるに決まってんだろうが! ガキの遊びじゃねーんだぞっ!」


 赤髪のねーちゃんの手を払い除け、地面に着地する。


「そんなもんは百も承知だ。遊びで薬師は勤まらねーよ」


 趣味でやってるがな。とは言いませんけどね。


 感情に支配された女を静めさせんのはメンドクセーので結界で遮断。そこで待ってろ。


 さて。親父さんとやらは火系の魔術による火傷と矢による裂傷。右腕はもうダメだな。完全に炭化してる。肩に刺さった矢を無理矢理抜いたようで傷口が深いが、まあ、これはなんとかなるな。


 ポケットから軽めの回復薬を出して親父さんとやらの口に入れ、水の魔術で無理矢理飲ましてやる。


 ファンタジーな薬なので効き目は早い。混濁していた親父さんとやらの目に正気が戻った。なんとも根性のあるおっちゃんだ。


「右腕はもうダメだ。切るぞ」


 ちゃんとその意味が理解できたようで、小さくだが、意思を込めて頷いた。


 親父さんとやらの口に布を突っ込み、結界刀で肉があるところから右腕を切断。直ぐにファンタジー薬水をかける。


「─────」


 痛いだろうが悲鳴は上げない。なんとも豪傑なおっちゃんだね。


「次はこれだ。飲め」


 布を口から出し、中級の回復薬草を口に入れてやる。


 もう何度思ったことかわかんねーが、何度でも今世はファンタジーなんだな~と痛感するよ。あれだけの重傷が中等傷まで回復すんだからな。


「……すまねぇ……」


「気にすんな。薬師としての仕事をしたまでだ。ちゃんと代金はもらうさ」


 赤髪のねーちゃんを遮断する結界を解いてやる。


「──親父っ!」


 まあ、無理しなきゃあ、親父さんとやらは死にやしねーし、あとは任せたと、まあ、聞いちゃいねーから心の中で呟き、他のヤツらの治療に移った。

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