第159話 大量買い
バリアルの街は、うちの村……あれ? なんったっけ? ポプラ? じゃねーな。ボブサッ……まっ、なんでもイイわ。
村から東南東に四十五キロほど内陸に入ったところにある五万人ほど暮らす大都市だ。
そこを治めるのはなんとかかんとか伯爵。よー知らん。
肥沃な大地と鉱山を幾つか持つ伯爵領なので結構繁栄しているところだ。
眼下には広大な麦畑が広がり、所々に果樹園や畑があり、山の方に目を向ければ山羊や羊が放牧されている。
直線距離にすれば四十五キロだが、間には一千メートル級の山があり、険しいために迂回しないとこれない場所にあるのだ。
たぶん、歩いてきたら七日は余裕で掛かるだろう。近くて遠い場所。ルクク様に感謝だぜ。
「ルクク。ここでイイわ。また夕方に頼むわ」
「キュイー!」
ルククの首を撫でてやり、背から飛び下りた。
下りた場所は、街から結構離れた林の中。なぜこの場所かと言うと、伯爵の城がある街の防衛力は高い。空の魔物に対応したバリスタや見張りがおり、数は少ないが竜騎士を構えている。
なんで無用な騒ぎを起こさないためにも離れた場所に下りるしかないのだ。
林から抜け出し、辺りを見回す。
「人はいねーようだな」
まあ、街から離れているうえに種蒔き前の一休みのとき。見回りぐらいしかいないか。
小道から大道に、そして街道に出て街へと向かった。
人はまばらに出てきたが、近くの村に行くだろう荷馬車や農工具を携えた農民、街にお使いにいく近隣の村人ぐらいなものだ。
これが朝なら出発で。夕方なら到着で賑わうのだろうが、今の時刻は九時過ぎ。一番中途ハンパな時間帯だ。
なので門の前には検問を待つ人はいない。ちなみに、街に住む者が外に出る場合は札を見せれば大した検問は受けない。名前と出る理由を告げればイイだけ。無くしたら銀貨三枚取られるらしいがな。
街の者じゃないヤツは一人銅貨五枚。荷馬車は一台銀貨二枚。これは重さや中身は関係ない。入る税金であり、また中で取るからだ。
「名はヴィベルファクフィニー。買い物とジャック薬草店に仕入れにきた」
名乗りときた理由をのべ、村で発行している人別札を出した。
この国は、民の移動を制限してなく、身元がわかるものを持っていれば国内なら自由にいき来できる。もちろん、国外にいけるのは各ギルドに所属してるか商人、もしくは申請(国境で高い金を払えばな)すれば出ていけるぞ。
「今年もきたか、坊主」
なにかオレを知っているかのようなフレンドリーに話し掛ける中年の門兵。誰でしたっけ?
「なんだ、忘れちっまったのか? 去年もおれが受け持ったんだがな」
「ワリー。覚えてねーや」
今世は出会いに満ちてっから印象の薄いヤツは記憶から溢れ落ちてんだよ。
「そりゃ残念。まあ、バリアルにようこそだ」
「ああ、そりゃどーも」
挨拶をして街ん中に入る。
バリアルの街は城塞都市なんで門の付近は広くなっており、辻馬車や荷馬車が多く留められるようになっており、商会の倉庫や家畜を売買する商人らがほとんどだ。
「さて。まずは市場だな」
三年前からここにきているのでなにがどこにあるかは頭に入っているので、まずは正門から近い南市場に向かった。
南市場は、街から営業許可をもらった裕福な農家で、朝から夕方まで開くことを条件に開ける市場であった。
これだけの都市ともなれば朝と夕の市場では五万人もの胃袋を満たすことはできないし、いろんな業種があるので朝から夕方までやってないと街が回らなくなるからだ。
「活気があんな、ここは」
大混雑とまではいかねーが、活気があると思えるくらいには混雑していた。
まずは市場を一回り。
こんな時代なので前世のように種類は多くはねーが、村の朝市よりはあり、量は山盛りに積まれていた。
「あら、今年もきたようだね」
品を見ていると、とある店から声をかけられた。
「おう、おばちゃんか。元気だったかい?」
門兵さんはまったく記憶にはなかったが、このおばちゃんのところで毎回買ってるので記憶には残っているのだ。
「あんたの薬のお陰で元気さね」
「はは。そりゃ薬師として一番嬉しい言葉だな。お、ボラじゃねーか。大量だな」
ニンニクのようなものを乾燥させたもので、滋養強壮にイイ野菜だ。
「今年は、じゃなくて去年は豊作でね、結構な量が採れたんだよ。買ってくかい?」
「もちろんさ。他にも頼むわ」
大量買いがオレの買い方なので、おばちゃんが許す限り買っていく。
「アハハ。相変わらず豪快な買い物だね。他にもたくさん買ってておくれ」
「もちろんさ。またな」
買えるときに買うのがオレの買い方。買える限り買いますとも。
いろんな店でいろんなものを買ってると、樽をいっぱい並べた店を発見した。
さっき見落としたかなと思いながら樽の中を覗き込んだ。
「お、ペラじゃん」
まあ、見た目は梅の実で、味はプラムに近いものだ。
品種改良なんて言葉すらねー時代だからスッパイが、酒にするとなかなかイイ味を出すものらしい。
だが、ペラを砂糖やハチミツに浸けると、甘党にはたまらん味になるのだ。実を潰してジュースにするのもイイぞ。炭酸水(土魔法でできた)に混ぜるのもバッチグーだ。
「おっちゃん、ペラってまだ実になんのははえーんじゃねーの?」
だいたい初夏前になるもので、収穫はまだ一月先のはずだと思ったが?
「今年の冬は暖かったんでな、はよーなったんじゃよ。買取り商人はそれを知らんから売るにも売れんくて参ったわい」
そりゃご愁傷さま。相手が自然じゃしょーがねーな。などと心の中で言ってるが、顔はラッキーと笑っていた。
「おっちゃん、オレが全部買うよ」
時期的に大量に買えないものだったので、旬のものとしては口にできなかったのだ。
「お、おい、全部って、ここにある全部かよ!?」
「なんならここにねー全部でもイイぞ。まあ、買取り商人に恨み買うようなら諦めっけどよ」
「……もしかして、お前さん、毎年大量に買っていくガ──じゃなくて、子どもかい?」
「ガキでイイよ。その通りなんだからよ。まあ、他にいねーならオレだな」
「……話には聞いてたが、本当に大量に買うんだな。でも、その割りには身軽だな……?」
「なんだおっちゃん、ここに店出すのは初めてか?」
「え? あ、ああ。いつもは買取り商人相手にしてっからな。ここにきたのは少しでも売ろうと思ってな」
そりゃおっちゃんもオレもラッキーだな。
「じゃあ、オレが全部買っても問題はねーんだな?」
「あ、ああ、まあ、買取り商人がくるころには腐ってっからな、買ってくれんなら大歓迎だ……しかしよ、本当に買うのか? 全部で樽三十にはなるぞ」
「構わんさ。三十でも五十でも買えるなら買うさ。なんなら他のヤツらのも買うぞ」
今回のラーシュへのお土産はこれに決まりだ。たぁーんと贈ってやるぜい。
「ほ、本気なのか?」
「本気さ。ほれ、手付金だ」
ポケットから金貨六枚を取り出しておっちゃんに渡した。
相場はわからんが、金貨六枚も出せばここにあるものは余裕で買えんだろうよ。
「…………」
「オレはべーな。おっちゃん、名前は?」
金貨を手に固まってるおっちゃんを蹴って正気に戻す。
「……え、あ、ザエルだ。北のアルバーニ地区のもんだ」
「じゃあ、ザエルのおっちゃん。ワリーがものはパニア修道院に運んでくれっか。さすがにこんなには持ってけねーわ。金は修道長に渡しておくからよ。あ、あんま吹っ掛けんなよ。買取り商人に売る値段で頼むぜ。もし、吹っかけやがったら……まあ、そんときに教えてやるよ」
ニヤリと笑い、また固まったザエルのおっちゃんに別れを言って立ち去った。
さて。市場での買い物はこんなもんだろう。次は商人通りにいきますか。
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