第116話 商売繁盛間違いなし
「……お前、そー言うことは先に言えよ……」
今村で起こっていることを説明したら、あんちゃんがテーブルへと突っ伏してしまった。
吹っ切れたらやる男だが、吹っ切れなければただのヘタレであった。
「まあ、やる気出したあんちゃんの気勢を削ぐのもワリーしな。それに、最初に言ったからってあんちゃんの覚悟が変わることはねーだろう?」
「そりゃそーだけどよー。気持ち的にあんだろう、こう……」
「なら嫁さんに慰めてもらえ。もう一人じゃねーんだからよ」
ヘタレが顔を真っ赤にさせる。なんだい。夫婦の営みはまだなんかい。
「まあ、そんなことはどーでもイイや。それより、なにを売るんだ?」
まだ顔を真っ赤にさせるあんちゃんに先を促す。
「……ったく。相変わらずバッサリ切りやがるな、お前は……」
「他人の営みなんぞ興味もないわ。で、なに売るんだよ? つーか、どんな展望があんだ?」
あんちゃんはため息一つ吐き、横に置いた収納鞄を持ち上げた。
もちろんオレの結界術でこしらえたもので、あんちゃんだけが使用できるように設定付けしたものだ。
収納鞄へと右手を突っ込み、中から一冊の本を取り出した。
テーブルに置かれた本をしばし見詰める。
題名は、『コッペンハーゲンの戦旗』で、一巻と記されていることからして長編。戦記ものと見た。
その本を手に取る。
これと言って変わったところはない。表紙の作りからしてそんなには古くねーし、豪華でもねー。が、これまでの経験からして金貨三枚くらい(前世の値段で言えば三十五万円くらいかな?)。つまり、なにが言いたいのかと言うと、だ。まあ、よくある本ってことだ。
いろんな角度から本を見てたら、なにか本から魔力が流れてきた。
考えるな、感じろ! 的な感覚に切り替えると、本に魔力がコーティングされているのがわかった。
「……わかったか。さすがベーだな」
「スゲーな。これが魔術結界か……」
詳しいことはよくわかんねーが、スゲー技術によってコーティングされているのはわかる。
「魔術結界って、お前のも魔術結界だろう?」
「まあ、そうなんだが、オレのは自己流。考えるな、感じろ的なもんで編み出したもんだ。これこれこう言う理由でできてるつー理屈もなければ前提もねー。どちらかと言えば魔法結界だな、オレのは」
超不思議パワーは説明できねーからな、魔法で片付けておこう。
「よくわからんな、魔法とか魔術とかは」
剣と魔法の世界とは言え、全ての者が使える訳じゃねーし、教育水準は下の下。文字すら書けねーのが大多数の時代。魔術を学べるのは金持ちか貴族、親が魔術師とか言った恵まれた者しか学べねー世の中だ。
「そんなよくわかんねーもんを使えるヤツをどうやって見つけたんだ?」
魔術結界は昔からあるが、結構高度な術で、なかなか使いこなせるもんはいねーと聞いたことがある(魔術師系ねーちゃん談)。
「サラニラの友人が魔術結界師だった」
「……そりゃまた、ご都合主義にもほどがある展開だな……」
「わかるように突っ込めよ。意味わからんわ」
いや、普通にびっくりしたんだがな。
「つまり、これを売ると?」
これなら水の中でも読めるが、需要があんのか、地上の文化なんて?
「ああ。人魚もえんたーていめんと、だっけか? それに飢えてるらしくてな、地上の物語とか求めてんだよ。もちろん、これだけでは商売あがったりだからお前からも商品を卸してもらうし、結界を施してもらう。しばらくはお前に会いにくる客を相手しながら港で人魚らと交流する、って感じだな」
あんちゃんがまた収納鞄へと右手を突っ込み、中から本を次々と出し、テーブルに積み重ねる。
「……スゲー量だな……」
まるで本屋を丸ごと買い取った感じの量であった。
「稼いだ金を全て注ぎ込んで買った。これを全部お前にやる。いや、おれがここで商売をする代価だ。足りないか?」
出された本を一冊適当に手に取り、パラパラと中身を見る。人生初の魔術書。ちょっと感動したよ。
「ああ、足りるどころかおつりを出してーくらいだ。あんがとな」
そんなオレの言葉にホッとするあんちゃん。
「んじゃ、ここにきたのを後悔するぐらい繁盛させてやらねーとな……」
「……まだ、あんのかよ……」
さすが付き合いが長いだけあって、それだけでわかるよーだ。
「ガンバレ」
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