第106話 ガンバレ

 集落に向けて山を下りてると、籠を背負ったトアラが集落の方へと歩いていた。


 三軒先の家の娘で、山の部落では二番目に大家族な家だ。


 伐採よりは野菜を主とした家で、漬け物を作らせたらサプルにも勝る家でもあった。


 トアラはサリバリと同じ歳で十四歳。サプルとは親友と言う仲だ。


 ド田舎生まれで、本人もお洒落に興味がなく、ふくよかな体から僅か十三歳で肝っ玉かーさんぶりを見せている。


 オレとしてはもうちょっとお洒落しろよと言いてーが、まあ、これはこれでカワイイと思うので、突っ込んだりはしてねー。


「おう、トアラ。お出かけか?」


 声をかけると、麦わら帽子をちょっとあげて振り返った。


 素朴な顔だが、心から出る笑顔はどんな美女にも勝る。見ていて気持ちがイイぜ。


「あ、ベー。おはよー。うん、集落にいくんだ」


 リファエルの歩みを緩め、トアラの横で停めた。


「んじゃ、乗ってけ。薪を下ろしたらオレも集落に行くからよ」


 トアラに子守りするは必要ねーが、このまま通り過ぎるのも薄情だ。近所付き合いは大切にしねぇとな。


「うん、ありがとう」


 体格のせいでサリバリのように飛び乗ることはできんので、手を差し伸べて横に座らした。


「んじゃ、出すぞ」


「うん」


 リファエルに鞭を打ち、荷馬車を発車させた。


「漬け物を卸しにいくのか?」


 背負っていた籠を抱えたので中身が見えたのだ。


「うん。あと、雑貨屋に買い物。昨日、行商人の人がきたって言うから」


「へー。あんちゃん──じゃなく、弟の方か。なに入ったんだ?」


「服と布だって。結構持ってきたって話だよ」


「ほー。服か。じゃあ、村の女衆が集まってくるな」


 毛長山羊の毛を織ってるとは言え、村全てにいき渡る量はねーし、ほとんどは村の外に出すので衣服関係は外から持ってこねーとならんのだ。


 もう一人くる行商人のおっちゃんも衣服系を持ってくるが、お洒落に目覚めた村の女衆を満足させる量でもなけりゃあ、デザインでもねー。なんで女衆の間では自作が流行っているのだ。


「そーだね。イイのがあると嬉しいんだけどなー」


 トアラは料理だけではなく服作りの腕もイイ。オレの服もトアラが作ったものだ。


 そんな世間話をしてると、オンじぃんちの前の柵の前にサリバリがいるのが見えた。


「おう、サリバリ。また一人ぼっちか?」


 サリバリの前で荷馬車を停め、挨拶する。


「人をさびしん坊みたいに言わないでよっ! おかあちゃんらを待ってるのよ!」


 こいつは構ってくれないと拗ねちゃう病だからな、こうして構ってやらんとならんのよ。まったく、子守りも大変だぜ。


「アハハ。ワリーワリー。んじゃな──」


「──あたしもいくから待ってなさいよ!」


 と言ってうちの方に駆けてった。


 なんだ、いったい? とトアラを見るが、なにやら困った顔で笑っていた。触れてくれるなって意味か?


 しばらくしてサリバリが戻ってきて、トアラと反対側の席に飛び乗った。


「イイのか?」


「おかあちゃんには言ってきたからイイの」


 さいですか。なら出発しますね。


 リファエルを出発させ、しばし無言。別に気まずいと言うわけじゃなく、風が気持ちよくて全身で感じているのだ。


「風が気持ちイイ」


 トアラも同じ気持ちらしく、ぽつりと呟いた。


「もー! せっかく髪を纏めたのに!」


 風流を理解できん小娘が怒りの声をあげた。


 まあ、風光明媚なド田舎人に風流を理解しろと言う方が間違ってる。苦笑しながらサリバリを見た。


 この村で一番のお洒落さんなサリバリは、髪や衣服に拘りを持ち、常に自分を綺麗にさせることに余念がない。


 オレが作ったものを得るために、隊商相手の売り子を積極的に受けてくれ、売り上げに貢献してくれてる。


 裏方のトアラ。表方のサリバリと、なかなか役立つ二人なのだ。


「新しい髪型だな、それ」


「ふふ。わかっちゃった? そーなの。どうかな?」


「イイんじゃねーか。可愛くなってると思うぞ」


 お世辞ではなく、なんの違和感もなく前世の世界でも通用するくらいかんざしを使いこなしてるぜ。


 しかし、異世界の住人がかんざしを使いこなすとはな。サリバリ恐ろしい子。


「エヘヘ」


 なにやら今まで見たことがないくらいだらしない笑顔を見せるサリバリ。可愛さが台無しだぞ、それ……。


「やっぱ、サリバリは美容師向きだな」


 自分の髪型を思いつくのも天才だが、他人の髪を切ったり整えたりするのも天才なのだ、サリバリは。オレの髪もサリバリが切ってくれ、なかなかイイ男に仕上がるのだ。


 まあ、この時代に美容院はねーが、髪切り屋なら都会にはあり、ド田舎じゃあ、ナイフで髪を切るが普通だ。


 それが許せないと騒ぐサリバリに美容院と美容師のことを語ったら、自分がその最初になると、周りのヤツらの髪を切りまくっているのだ。ハサミはオレが作ってやったよ。


「あたしもそう思うわ。あ、ベー、髪伸びたんじゃない。また切ってあげるわよ」


「そーか? んじゃ、そのうち頼むわ」


 伸びた感じはしねーが、やる気になってる子の勢いを殺すのも偲びねー。やらせるのも大人の器量ってもんだ。いや、子どもですけどねっ。


「……ベ、ベー。服、小さくなったみたいだから作ってあげようか……」


 と、トアラが小さな声で呟いた。


「ん? そーか? なら頼むわ」


 成長期とは言え、そんなに小さくなったようには感じんが、トアラの作る服はデザインもイイし、着心地もバッチグー。作ってくれるならありがたくもらうぜ。


「うん! 任せて!」


 サリバリにも負けんくらい、だらしない笑顔を見せるトアラ。最近の女の子は、顔面がゆるいのか?


 なんて鈍感系主人公みたいなことを言ってみた。


 前世では人並みに恋をして、一人の女と出会い、恋をして愛し合った経験がある。まあ、実らなかったが、女と言うものに触れて、いろいろ苦労した。だから二人の気持ちにはとっくに気が付いてるし、そうなるのも女として当然だと理解している。


 だが、十四歳の女に好意を持たれたからと言って喜ぶ趣味はねーし、微笑ましい気持ちしか湧いてこねー。まあ、ガンバレと心の中で応援しておこう。

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