第105話 なんの主人公だよ
「にしても今回は賑やかだな」
あんちゃんの背後に立つ二人に目をむけた。
「まあ、な。いろいろ思うところがあってな」
そう情けなく笑うも、どこか清々しさを感じる笑みだった。
「な、なんだよ?」
我知らずあんちゃんを見詰めていると、あんちゃんが訝しむ声をあげた。
「……あ、いや、なんつーか、男の顔になったな~と思ってよ」
若く商才があり、コミュニケーション能力や頭はイイのだが、どこか頼りないところがあり、ここぞと言うときに出れないヘタレだったのだが、雰囲気が落ち着いたと言うか、吹っ切れたと言うか、なにか憑き物が落ち、覚悟を決めたときの顔をしていたのだ。
「ったく。相変わらず人を見てやがるな、お前は……」
いや、古い付き合い(心情的にだが)なんだ、わからないわけがねーとだろうが。とは言わず、あんちゃんが立ち直るまで待った。
「──サラニラ」
と、横のねーちゃんを見ると、ねーちゃんがあんちゃんと並んだ。
「こいつと結婚した!」
まるで田舎の両親にでも紹介するかのような行商人のあんちゃん。
「そりゃまた唐突だな」
付き合ってる女なんていなかっただろうに。
「そーだ、唐突だ、文句あっか!」
いやねーよと突っ込みてーが、同じ男として、前世で経験してる先輩として、ここは生暖かく見守るのが礼儀ってもんだろう。
「いや、やるときにはやる
そうお祝いを述べると、真っ赤にさせた顔を両手で隠し、しゃがみこんでしまった。ウブな男よのぉ~。
「初めまして。わたし、サラニラ・バーブ──ではなく、アバールの妻、サラニラです。あなたのことは夫からよく聞いておりましたわ」
名字持ちとは貴族だったのかよ、このねーちゃん。道理で品がイイと思ったよ。
「お前はなんの主人公だよ、この色男がっ!」
まだしゃがみこんでいるバカを蹴り付けた。もちろん、手加減してな。
「──いでぇーよ、このクソガキがっ!」
「うるせー! 全世界六万人くらいの女医さん好きな童貞に泣いて謝れ!」
「お前のツッコミわけわからんわっ!」
「オレもわからんわっ!」
なんてバカやってると、あんちゃんの嫁さんが笑い出した。口を大きく開けて。
「貴族の出とは思えん豪快さだな、あんちゃんの嫁は」
「ま、まあ、ちょっと変わったヤツだからな……」
呆れと言うよりは諦めに近い笑いをする。
「……ご、ごめんなさい。聞いていた以上に仲がよかったから、つい……」
「構わんよ。だいたいこんな仲だしな。それより、自己紹介を返してなかったな。まあ、あんちゃんから聞いてるとは思うが、オレのほんとの名前はメンドクセーからベーと呼んでくれ。だいたいそれで通じてっからよ」
「わかったわ。ならわたしもサラニラと呼んで。ベーくん、最初にそう言わないとずーっと、『あんちゃんの嫁さん』になるそうだから」
はて? そーだっけか? あんま意識したことねーからわかんねーな。
「まあ、それでイイのならオレは構わんが」
それでイイのかと、夫に確認の視線を向けた。
「名で呼んでやってくれ。ついでにおれも名前で呼べや!」
「あー、そー言やぁ、あんちゃん名前なんてったっけ?」
「今、サラニラがアバールって言っただろうがっ! 意識して聞きやがれ!」
あれ? 言ったっけ? まったく記憶にねーわ。
「アハハ。ワリーワリー。アバールな。うん、アバール。覚えたよ」
「心の中でたぶんとか言うなよな……」
イワナイヨー、ソンナコト。
「んで、そっちのあんちゃんは?」
逃げるようにあんちゃんの背後にいるあんちゃん似のあんちゃんへと目を向けた。
「ああ、そうだったな。おい、自己紹介しろ」
あんちゃんの横へと並ぶと、被っていた毛糸の帽子を取り、なにやら偉人にでも会ったかのように緊張するあんちゃん。
「お、おれ──じゃなく、わたし、アバールの弟でバックスと申します。以後、お見知り置きを!」
と、勢いよくお辞儀した。
「ガキ相手にそんな仰々しい真似しなくても構わんよ。あんちゃん──じゃなく、アバールみたいな感じでやってくれ」
「まあ、慣れるまでは許してやってくれ。今回が初めての行商だからよ」
「行商? あんちゃんのルートでか?」
「そのことなんだが、話、長くなるんだが大丈夫か?」
その口振りからして相当に長くなりそうだな。
「じゃあ、夜でイイか? これから薪を下ろさねーとならんし、村長に話もあるしな。なにより、あんちゃんらを泊まらせる家がなくてな。まあ、夜までには造るからよ、それまでは適当に過ごしてくれや。あ、サプル!」
ちょうど外に出てきたサプルを呼んだ。
「あ、行商人のあんちゃんいらっしゃい!」
「サプル、また世話になるな」
「うん。ゆっくりしてって」
「サプル。あんちゃんらの世話頼むな。昼までには帰ってくると思うが、もし帰ってこなかったら保存庫から宿泊車を出してくれ。あんちゃんらに泊まってもらうからよ」
まあ、キャンピングカー的なもんだ。
「わかった」
「すまねーな、せっかくきてくれたのによ」
「こっちこそ構わんさ。サプルの作った陶器をこいつに勉強させようと思ってたしな」
「そうかい。ならゆっくりやっててくれや」
サプルに任し、リファエルを連れてきて荷馬車へと連結させ、集落へと出発した。
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