第99話 オレの名は

「わかるように最初から話しやがれ」


 ねーちゃんらがエレベーターに消えると同時に切り出した。


「……あ、あの、ちょっといいでござるか?」


 向かいに座った汚物がおずおずと手をあげた。


「なんだい?」


「え、えーと、拙者、名をシゲモチエリナと申します。あ、こっちだとエリナシゲモチでござった。エリナと呼んでくだされ」


「どっちでもイイよ。たぶん、汚物と同じ世界から転生してきたもんだからな」


「え、あの、エリナでござるよ」


「ああ、わかってるよ。だからそう呼んでるだろうが」


 生憎と言葉にルビはつけられんがな。


「え? 汚物と聞こえたでござるが?!」


「気のせいだろう」


 バッサリと切り捨てる。


「オレはベーだ」


「ベーどのでござるか?」


 首を傾げる汚物エリナ。なにか問題があんのか?


「あ、いや、すっかりこちらの人間になっているのでござるな?」


「当たり前だろうが。いくら前世の記憶があろうと、この世界に生まれた時点でオレはオレだ。ヴィベルファクフィニーだ」


「ヴィベルファクフィニー?」


「オレの本当の名前だ。誰も発音できねーし、長いからベーって呼ばれてんだよ。つーか、一回聞いただけでよく言えたな?」


 つーか、久しぶりに自分の名を言ったよ。意外と言えるもんだな、そんなことにびっくりだよ。


「オホホホっ! 貴腐人のたしなみでしてよ!」


 なんだろうな。貴婦人が貴腐人に聞こえたオレはもう汚物エリナに汚染されてしまったのだろうか……。


「あれ? ツッコミはなしでござるか!?」


「一々突っ込んでられっかよ! もうメンドクセーわ!」


「寂しいでござる……」


 しゅんとなる汚物エリナ。オレは漫才しにきてんじゃねーぞ、こん畜生が!


「マスター。そろそろ本題に入ってください」


 ぷるぷるな体から怒気を発しながら先を促すバンベルさん。ほんと、器用なスライムだ。


「あ、え、すまぬでござる。バンベルは怒ると怖いのでござる」


 突っ込んだら負けな気がするから突っ込んだりはしねーが、そのしゃべりなんとかなんねーのか? うっとーしくてたまんねーよ。


「……え、えーとでござる。ヴィどの──とお呼びしてよかろうか?」


「好きなよーに呼べよ」


 別に名前に拘りはねーし、ベーもヴィも大して変わんねーよ。


「はい、ヴィどの!」


 なんでそこで喜ぶんだよ。意味不明だよ、まったく。


 んで、話を戻して、だ。汚物エリナが話始めたのは神(?)との邂逅からだった。


 オレもなぜか神(?)との邂逅は今でもはっきりと覚えている。まあ、なぜかは知らんがな。


「三つの能力は、汚物の命に関わることだ。言いたくねーのなら言わなくてもイイが、言ってくれねーとわかんねーからぼかして言えよ」


 バンベルの頼みとは言え、まだ助けれるかどうかもわかんねーんだから秘密を聞く気はねー。まあ、今さらって感じだがな……。


「大丈夫でござる。バンベルが信じたのなら拙者もヴィどのを信じる」


「あんまり期待されてもな~。オレはただの村人で十歳のガキだぞ」


「前世を含めれば拙者より年上でござろう。それに、リックスたちを殺さずにいてくれもうした」


「バンベルにも言ったが、別に殺す必要がなかったから殺さなかっただけだ。必要なら殺すぞ」


 その言葉のどこに微笑みになる要素があったんだ?


「ヴィどのは、優しくてお人好しでござるが、ちゃんと計算もできて覚悟もあるでござる。信じるに値します」


 前半の汚物っぷりはどこへやら。後半はまるで慈愛に満ちた聖母ばりの笑みを見せた。


「……エリナ──」


「──はいっ!」 


 エリナの返事になにを言おうとしたのかわからなくなり、なぜか照れ臭くてお茶に逃げた。

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