第64話 ここにいますがなにか?

 夜、サプルたちを寝かし付け、いつもの場所でコーヒー(モドキ)を飲みながらラーシュからの手紙を読んでると、家の戸を叩く音がした。


「開いてるよ」


 基本、うちの戸に鍵はついてない。ま、結界は施してはあるが。


 出入口の戸が開き、アリテラが現れた。


「どうしたい?」


 なにか戸惑いを見せるアリテラに尋ねる。


「ベーと話がしたいと思って……いいかな?」


「構わんよ」


 中に招き入れ、椅子を用意して座らせた。


 待ってなと言い残して台所へと向かい、棚から果実酒とツマミの野菜チップスを皿に盛ってテーブルに置いた。


「用意がいいのね」


「まあ、よく客が来るからな」


 行商人のあんちゃんとは離れじゃなくここで話してるからな、自然と用意はよくなるさ。


「そうなんだ」


「ま、どうぞ」


 カップに果実酒を注いでやる。


「十歳とは思えない気の遣いようね」


「一緒に飲んでやれんからな、せめてもの付き合いさ」


 話し相手がゲコでは興醒めだろうし、気持ちよくないだろうからな。


「それが十歳とは思えないのよ」


 確かにそうだなと思い、苦笑で応えた。


「手紙?」


「ああ。文通友達からのな」


「あれだけ非常識を見せられたあとだと、文字を読めることがどうでも良くなるわね」


 呆れるアリテラ。なに気に失礼なことを言うヤツだな。


「相手はどこかのお姫様?」


「いや、南の大陸の王子さまだよ」


 訂正したらなぜか沈黙するアリテラ。どったの?


「……あなた、本当に何者なの……?」


「ただの村人だよ」


「どこの世界に王子様と文通する村人がいるのよ」


「ここにいますがなにか?」


「……………」


 また沈黙するアリテラ。見ればげっそりしてる。


「まあ、オレだって自分が普通だとは思ってねーよ。けど、何者だって聞かれたら村人ととしか言いようがねぇんだよ。逆に聞くが、アリテラは何者なんだ?」


 その問いにアリテラは言葉を詰まらせる。


 当然だ。答えが出るわけじゃねーし、答えがあるわけじゃねーしな。


「オレは魔術は使うが魔術師じゃねぇ。山で木を伐る樵でもあれば薬草を採取する薬師でもある。畑を耕やしたり家畜を飼ったりするし、内職で道具も作る。獣も狩る。何者、なんて一言で片付けられる存在じゃねーし、一言で片付けてイイもんじゃねぇ。だが、オレはこの村が好きだ。この生活に満足してる。普通じゃねぇ自分が好きだ。だからオレは何者だって聞かれたら村人と答えるし、村人であることに誇りを持っている。他人に否定されようがなんと言われようが関係ねーよ」


 オレの人生はオレだけのもの。他人にどうこう言われて変える気はねー!


「強いね、ベーは」


「別に強くはねーよ。ただ、生きることに後悔したくねぇだけだ」


 なにもせず、現実から逃げる毎日は確かに平和だった。可もなければ不可もねー。イイ人生だったと言えるだろう。だが、そこに充実感はなかった。生きている実感がなかった。


 平々凡々に、悠々自適に、前よりは良い人生をと、今でも思っているが、その望みを叶えようとしたら覚悟がいる。努力がいる。力がいることを知った。


 なにより生きる喜び知った。


 知ってしまったからにはもう捨てるなんて無理だ。


「オレにアリテラの苦労や苦悩をわかってやることはできねー。強くしてやることもできねー。だがよ、話は聞いてやれるぜ」


 便秘じゃねーんだ、胸の奥底に溜まったもんを吐き出してすっきりさせろってんだ。


「……まったく、十歳のクセに男前なこと言っちゃって……」


 うん。余計なことは言わなくて正解だったぜ。


「まあ、ぶっちゃけ、アリテラの物語を聞きたいだけなんだがな」


 ニヤリと笑って見せると、苦笑しながらも穏やかな目でオレを見るアリテラ。結構表情豊かじゃねーか。


「しょうがないわね。なら、わたしの物語を語ってあげるわ。感謝しなさいよ」


「感謝感激雨霰。アリテラさまに足を向けて眠れませんぜ!」


「意味わかんないわよ、それ」


「オレもわかんねー」


 その夜、アリテラの物語をたくさん聞くことができた。

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