第55話 威厳を脅かさないで!

「……あんちゃん、あのままでイイのか……?」


 ゴブリンを収納して我が家に帰る道すがら、なにか言いたそうにしていたトータがやっと口を開いた。


 五歳児とは言え、狩りに出て半年は経つ。毎日なにかを狩ってくるほど腕があり、命のやりとりをしてきた経験がイケメンなゴブリンを放置してきたことに危惧を感じているのだろう。


「お前は、殺したほうがよかったと思うのか?」


 その問い返しにトータは口を一文字にして考えた。そして、一分くらいして「わかんない」と答えた。


「まあ、命のやりとりをしているヤツらならオレのしたことは甘いと言うだろうな」


「そうなの?」


「殺せるときに殺さないの──いや、殺せないのは甘いことだし、命のやりとりをする資格はねぇ。だがな、しなくてもイイ殺しをするヤツはバカだ。三流だ。いや、ゴブリン以下だ」


「でも、あいつはおれを殺そうとした。あんちゃん、敵には容赦するなって言ったよ」


「確かに言った。だが、それはお前に戦う選択しかないからだ」


「?」


「お前は確かに狩りの腕は良い。あんちゃんより上だ。だが、それだけだ。圧倒的に経験がねーし、知識もねー。学ぶこともしなければ考えようともしねぇ。お前、あいつらに襲われたと言ったが、なんで先に見つけなかったんだ?」


 その問い詰めるような口調にトータは下を向いてしまった。


「まあ、お前が油断していたとは言わない。いつものようにやってたんだろう。なら、なんであいつらが先にお前を見つけたんだ? なぜ反撃もできずに逃げたんだ?」


「…………」


「答えられんだろう。それが経験不足であり知識のなさだ」


 まあ、オレも生まれて十年。そんなに戦闘経験があるわけじゃねぇし、なんでも見通せるわけじゃねーが、思考すること、敵を知ることをいつも心がけている。


「ゴブリンが進化することは教えたな?」


「うん」


「ゴブリンが進化する。それは不思議じゃねー。今までも魔術を使うゴブリンはいたし、剣を使うゴブリンもいたしな。だが、あいつの進化は異常だ。あそこまで進化するのに最低でも五段階か六段階は必要だ」


 まあ、勘だけどよ。でも、そうは間違ってないはずだ。魔術に剣術、しゃべりもすればレベルの高い部下を指揮する。いくら進化すると言っても一気には進化などできるわけじゃねー。


 仮にできたとしても知識(人語を話した)まで備わるなんてことはない。それも仮にできたとしたら、この世はとっくにゴブリン天下。人間などとうに滅んでるぜ。


「これはオレの勘だが、あのゴブリン、誰かに仕えているな」


「つかえる?」


「まあ、誰かの手下ってことだ」


 あの沸点の低さと言い、あの騎士のような姿と言い、あいつが"キング"にはどうしても見えない。幾つもある部隊の中の一部隊って感じだ。


「最近のゴブリンの目撃。あのゴブリンの戦闘能力。異常な進化。わからねーことばかりだ。そんな中であいつを殺すことは損でしかねー。貴重な情報を捨てることだ。良いか、トータ。情報は武器だ。思考は鎧だ。狩人になるなら今のままでも構わねぇが、それ以上の存在を目指すなら経験を積め。知識を蓄え考えろ。己の無力さを知れ。己の強さを知れ。敵はお前より賢く強いぞ」


 五歳児になに言ってんだと突っ込まれそうだが、このスーパー幼児が平凡でいられるとは思えねー。必ず上を目指すだろうし、必ず厄介事に見舞われる。ならば、教えられるときに教え、鍛えてやるのが兄としての優しさ。兄の義務である。


「……おれ、強くなる。あんちゃんみたいに……!」


 あ、いや、そんな決意しなくてもイイんだよ。君ら天才に本気出されたらあんちゃんの立場がなくなっちゃうから。もうちょっと大きくなってから決意しようよ。せめてオレが成人(十五歳)になるまでは可愛い弟でいて。あんちゃんの威厳を脅かさないでぇぇっ!

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