第40話 男は永遠の少年さ

 我が家には来客用の離れがある。


 つっても平屋で十畳ほどしかないが、それでも造りはしっかりしてるし、内装も板張りにして綺麗に仕上がっている。


 ベッドもセミダブル大のが二つあり、囲炉裏付き土間には座椅子が完備してあり、結界で温度と空調を管理してあるからいつでも快適だ。


 まあ、トイレ(水洗です)はあるが、風呂や洗面台はさすがにない。一応、水差しと洗面器、タオル等は用意してある。


「ちょっとばかり不便だが、今日はここに寝てくれや」


 泊まる者が行商人のあんちゃんか知り合いの冒険者(四人パーティー)ぐらいなので趣味全開ではないがな。


「いや、不便どころか王都の一流宿屋にも負けてないからな。それどころか貴族の寝室より立派だわ!」


「ふ~ん。貴族ってのは質素なんだな。もっと金ぴかの部屋に住んでんのかと思ったよ」


「……お前の常識の線引きがわからんよ……」


「まあ、ド田舎暮らしの無知なガキだしな、常識なんてあってないようなもんさ」


「常識うんぬんと言うより非常識なだけだ、お前の場合は……」


 結構辛辣な突っ込みをしてくれる。まあ、反論しようがないのは事実だが。


「それより腹は落ち着いたかい?」


 サプルの料理が余程お気に召したようで結構な量を食い倒して、一時間ほど動けなかったのだ。


「ああ、落ち着いたよ。しかし、あんな旨いもんを食ったのは久しぶりじゃよ」


「大商人ならいつも旨いもん食ってんじゃないのか?」


「大商人だからと言って旨いもんが食えるとは限らんさ。わしは店で構えているより動いている方が性にあってるから食事は煮込みに固いパンがほとんど。宿屋も単純なものばかり。まぁ、腕のよい料理人もいることはいるが、材料が決まっておるから似たようなものしかできん。ベーのところのように食材が豊富でサプルのような腕のよい料理人がいること自体が奇跡だわ」


「ふ~ん。そりゃまたさらに人生を損してんな。旨いもんが食えないなんて」


 スーパーの見切り品が主食だったからわかる。旨いもんを食えることがどれだけ幸せなことか。それだけで人生が輝いて見えるぜ。


「毎日あんな旨いもんを食えるベーが羨ましいよ」


「なら、引退してここに住むかい? 家ならオレが建ててやるぜ」


「魅力的な誘いだが、わしは商人であることに誇りを持ってるからな、そう簡単には引退できんよ」


「そりゃ残念。いろんな話を聞けると思ったのに」


「わしとしてはベーらにきてもらいたいくらいなんだが、誘ったところでくるわけでもないしのぅ、こちらからくるよ」


「来たら歓迎するよ」


 娯楽のないド田舎では遠くからの客はサーカスがくるくらいの大イベントである。紙吹雪を撒いて歓迎するよ。


「ところで、船のことだが、どうするつもりなのだ?」


「その前に会長さんらは酒はイケる口かい?」


「あ、ああ。好きだが……それが?」


 ちょっと待ってなと言い残し、保存庫へと向かい、小樽を持って戻ってきた。


「それは?」


「蒸留酒って、知ってるか?」


「じょうりゅうしゅ? 酒、なのか?」


 おや、結構酒の種類があるから存在してるかと思ってたが、ないのかよ。よくわからん発展の仕方してんな、この世界は。


「まぁ、百聞は一見にしかずってな、飲んでみな」


 ガラスコップに水差しから水を半分くらい注ぎ、風と熱の魔術で丸く凍らせ、小樽の封を切って注いだ。おっと、かき混ぜ棒がなかった。結界でイイか。


 できたものを二人に差し出した。


「…………」


「…………」


 無言でガラスコップを見詰め、意を決して二人が手に取り、口にした。


 驚くお二人さん。初めての味にどうして良いかわからず、二人で見詰め合っている。


「オレは酒が飲めないから味はわからんが、飲めるものになってるかい?」


 前世でもゲコだったので酒の味などわからんが、作り方は知ってはいたなので試しに作ってみたのだ。あと、毒見じゃないんだからね、試飲なんだからねっ。


「喉が焼かれるほど熱いが、風味がよくて実に旨い!」


「はい! こんな度数の高い酒は初めてです! これは売れますよ!」


 ほ~。ちゃんとできてたか。結界で時間を進めたら(時間、止められんだから進ませることできんじゃね?的発想で)あらできた、よーだ。ほんと、結界超便利。


「気に入ったのならやるし、作り方も教えるよ。その報酬として会長さんのヒスト──じゃなくて、昔話でも聞かせてくれるかい。冒険するほどの気概はないが、他人の冒険譚を聞きたがるくらいには好奇心旺盛なもんでね」


 普通のヤツなら老人の昔話など拷問てしかないだろうが、オレにしたら映画を観るようなもの。金払ってでも聞きたいね。


「変なところで子供っぽいな、ベーは」


「オレは正真正銘、子どもだよ。十歳だよ」


「まったく持って説得力ないわい!」


 都合のイイときは大人。悪くなったら子ども。実にガキな証明ではないか。


「ふっ。男はいつまで経っても子ども。永遠の少年なのさ」


 なんてニヒルに笑ってみた。特に意味はなし。

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