第39話 悪巧み
「旨いな、このギョーザとやらは!!」
焼き立てのギョーザを一皿空けた会長さんが歓喜の声をあげた。
「口にあってなによりだ」
「これでエールがあったら更に最高なんだがな!」
「ワリーな。うちじゃ飲まねーから置いてないんだよ。まあ、あとで違うの出すから水で我慢してくれ」
「いや、構わんさ。水も旨いしな。にしても、いろいろな場所でいろんなものを食ってきたが、こんな旨いもんは初めてだ」
この時代の料理レベルに期待はしていなかったが、会長さんの口ぶりからして思った以上に低いらしいな。
「こんな旨いもん、宮廷料理人でも作れんぞ」
「それはまた貧相な食事してんだな、王様ってのは」
「ここが異常なだけだ。八歳の少女が作るとか、ベーを見ていなかったら一笑しているところだわ!」
「ハハ。それはつまり毒されたってことだな」
「毒されもするわい! カブラ蛇の毒より強力だ!」
「酷い言われようだな。こんな人畜無害の村人に向かって」
「普通の村人は人畜無害など難しい言葉は使わんわい! ったく、どこで覚えるのだ」
「まあ、いろんな本を読んでるからな、いろいろ覚えるさ」
前世の言葉と比べたら確かに少ないが、文学はそこそこあるので似たような言葉はあんだよ。
「……よく本など読めるな。こんな田舎まで流通してないだろうに……」
「月に一回来る行商人のあんちゃんに頼んでんだよ。まあ、オレの財力では月五冊しか買えんがな」
「いや、月五冊とか買いすぎだ。お前はどこの学者だよ。しかも五冊も買える財力ってなんだ。それで村人とかふざけんなっ!」
「……なんか口悪くなってね?」
「ダチに遠慮なんかしてられるか! それとも敬語でしゃべって欲しいのか?」
「いや、それでイイよ。その方がしゃべりやすいしな」
「はい、焼けたよ」
サプルが次のギョーザを運んできた。
「おっ、悪いな。作らせてばかりで」
「構わないよ。それより麦粥はいつ出すの?」
「ああ、そうだったな。封は切ったか?」
「ううん、まだだよ」
「んじゃ、こっちに持ってきてくれ」
うんと返事して厨房へと下がった。
「しかし、本当に腕がいいな、ベーの妹は。王都で店を出したいときはわしに言ってくれ。一番よい場所に店を構えさするからよ」
「サプルがやりたいってときは頼むよ」
「サプルは料理人を目指しているんじゃないのか?」
「オレや自分を基準に考えんなってーの。普通、田舎の子どもがそんな大それた夢なんか見ねーよ。せいぜい好いた男の嫁になるくらいさ」
ただでさえ弱肉強食な世界(時代)で女の地位は低い(家庭内では逆だがな)。外でバリバリ働くとかあり得ない。せいぜ女中が最先端だろう。まぁ、聞いた話では、だが。
「確かに、そうだな」
「でもまあ、世界の半分は女だ。才能があるなら使ってやれば良いさ。男だ女だなんて狭いこと言ってんのは、己の見る目を半分潰してるとの同じことだ」
「……なるほど。確かにベーの言う通りだな……」
「はいよ、あんちゃん」
五リットルは入る瓶をオレの横に置いた。
「ありがとよ。会長さん、ちょっとコレ持ってみな」
瓶をアゴで差した。
疑問に思いながらも素直に瓶を持つ会長さん。
「この瓶がどうしたんだ?」
「投げてみな」
「はぁ? 投げる?」
「ああ。割る勢いで投げてみな。どこでもイイからさ」
訳わからんと言った顔をして周りを見るが、戸惑ってるのは会長さんとあんちゃんだけ。カラクリを知ってるうちの連中は気にもせずメシを食っていた。
ホレと促すと、意を決して瓶を暖炉の方に投げ飛ばした。
投げ飛ばされた瓶は暖炉の端に当たる──と、居間に跳ね返ってきた。
その現象が信じられない二人は口を開けて驚いていた。
うん。結界超便利~。
しばらくして漸く事実を飲み込めた二人がオレを見た。
「まぁ、説明はメンドーなので省くが、あの瓶には結界が施してある。その意味がわかるか?」
「……あ、ああ。だが、可能なのか?」
「ああ。可能だ。ただ、時間はかかるがな」
友達になったとは言え、しゃべれることとしゃべれないことがある。オレ転生者、てへ☆ とは、さすがに言えねーよ。痛いわ。オレの心がっ。それに、不思議パワーとか説明できねーよ。使ってる本人もわかってねーんだからよっ。
「魔力は人並みってことか?」
「まーな。で、だ。その瓶の蓋を二度、指で突っついてみな」
「……まだ仕掛けがあるのか……」
「やってみればわかるさ」
で、やってみたらまた口を開けて驚くお二人さん。
「どうやるかもメンドーだから省くが、それは二年前に作ったものだ。種類はともかくとして数にすれば千はある」
その意味を飲み込めるまで待ってやる。
「……わしは、ベーになにを返したらいいのだ……」
友達とは言え、いや、友達だからこそ、施しは受けたくないのだろう。まぁ、そう言うタイプと見たから友達になったんだがな。
オレも人間。心意気だけでは生きてはいませんがな。
「……会長さんは、この領地を治める伯爵のことは知ってるかい?」
「え? あ、ああ。知ってはいるが……」
「邪魔なんだよな、あの領主」
「はあ?」
さすがの大商人もそれだけではわからなかったようだ。
「オレはこの村が好きだ。この村で生きていきたい。だから、バカな領主にはどっかにいって欲しいと思うわけだ」
それでやっと理解してくれた会長さんは、なんとも複雑な顔を見せていた。
「まあ、できればの話さ。ダメなら本の十冊でももらえたらオレは満足さ」
もともと労力しかかかってない保存食。本と交換なら得したと言ってもイイだろうよ。
「……そうだな。確かにバカな領主は目障りだな……」
「ああ、目障りだ」
まるで悪徳商人のように笑う会長さんに、オレは悪代官のように笑って応えた。
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