第38話 オレはオレのままに

「湯加減はどうだい?」


 前世の高級温泉旅館にも負けぬ我が家の露天風呂に浸かる二人に尋ねた。


「ああ、気持ちいいよ」


「はい。風呂がこんなによいものとは知りませんでした」


 どうやら二人は風呂のよさがわかるようで、とろけそうな顔で言った。


「それは嬉しいね。ここら辺は風呂に浸かる文化がないから湯に浸かると言う感覚がねぇ。どんなに風呂の良さを語っても理解してくれないんだよな。体を清潔にすることで病気を防いでくれるし、血行をよくしてくれ疲れを癒してもくれる。なにより、働いた後の風呂は気持ちがイイ。また明日がんばろうと思わせてくれるよ」


 前世じゃあ、狭い風呂場の上に節約で二日に一回だった。


 それが今世では広い風呂に毎日入れる。薪風呂だから体の芯どころか心の芯まで温めてくれるのだから風呂万歳である。


「これもベーが造ったのか?」


「ああ。風呂に入りたくてな、一番力を注いだよ」


 露天風呂ではあるが、上には屋根があるので雨や雪でも構わず入れるし、嵐のときは結界を張るからやはり問題なし。村を一望できれば夜には満点の星空も観れる。季節季節の風景を楽しみなから飲む、よく冷えたコーヒー(モドキ)の旨いこと。こんな幸せがあってイイのかと逆に怖くなるぜ。


「貴族にも負けん豪華さだな」


「だろうな。こんな風呂を持ってるヤツはいねーだろうさ」


 まあ、貴族の風呂がどんなもんか知らねーが、うちのように薪をふんだんに使い、溢れそうなほど湯は使えんだろうよ。ましてやうちの湯は薬湯。臭いもきつくなく、ほのかに香る程度で気管に優しいものである。


「そうだろうな。ベーが人生の半分を損していると言うのも頷ける。わしも風呂が欲しくなったよ」


「ふふ。同志が増えてなによりだ。まあ、王都や大都市じゃあ、薪風呂は無理だが、魔術で湯を温めることは可能だ。イイ風呂を造ってくれや」


 オレもすぐに入りたいときは魔術(サプルにお願い)で温めてはいってるしな。


 ふぅはぁ~と吐息が漏れる。


「……なあ、ベーよ」


 しばし無言で湯を楽しんでいると、会長さんが口を開いた。


「ん? なんだい」


「お前はいったい何者なんだ?」


「クソ生意気なガキで、タダの村人さ」


 別になにかの使命を受けて生まれたわけじゃねーし、なにかを成し遂げたいとも思わない。前世の記憶があるだけの、平々凡々に、悠々自適に、前世よりはよい人生を送りたいだけのタダの男さ。


「まあ、納得しろとは言わないさ。異質なのも異端なのもわかってるし、見る者から見たら恐怖の対象だってこともな。だから、会長さんの好きにしたら良い。オレのことを誰かにしゃべるのも、騙そうとするのも会長さんの勝手。オレの関知することじゃねーよ」


「……ちなみに、ベーを利用した者はいるのか?」


「いるよ」


「……その者はどうなったのだ?」


 オレは答えずニヤリと笑った。


「…………」


「ふふ。冗談だよ。別になにもしてないさ。ただ、二度と口は利かないし、付き合いもしないだけさ。そもそもそんな口だけのクソ野郎は見ただけでわかるさ」


 伊達に五十年以上(前世を含めて)生きてはいない。騙し騙されてりゃ人を見る目は嫌でも鍛えられるってもんさ。


「では、わしは合格かな?」


「それを決めるのも会長さん次第さ」


 どちらか片方だけ望んでも友人同士にはなりえない。お互いが求め、対等でありたいと願わなければイイ友人関係は結べない。


 自分で言ったようにオレは生意気なクソガキでタダの村人だが、友達になろうと言うヤツを生まれや身分で態度を変えるほど落ちぶれちゃいねーし、できねーヤツを友達にするつもりもねー。損得の関係なら得になるように動くまでだし。利用してくるなら逆に利用してやるまでだ。


「なあ、バーボンド・バジバドル。もう一度聞く。あんたはどうしたいんだ?」


「頼む、友よ。助けてくれ」


 そう言って頭を下げた。


「しゃーねーな。友達の頼みだ、助けてやるよ」


 甘いと言われようが、これが今世のオレだ。オレはオレのままに生きるまでさ。

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