第32話 馬と荷車
馬と馬車。
それはド田舎では欠かせない足であり、生活の糧でもある。
それを売れなど、お前の脚を売ってくれと言っているようなもの。はぁ? になって当然ではないか。
「あんちゃん、マジで言ってんのか?」
「はい。真面目に言っております。もちろん、それに応じた金額をお支払いたします」
つーか、本当に商人なのか、このあんちゃん? バカなのか?
「……応じた、ね。なら、金貨百枚だな」
「なっ!?」
まあ、そりゃ当然の反応だわな。オレでもそうなるわ。
「──ふざけるなっ! 金貨百枚など吹っかけるにもほどがあるだろうがっ!」
意外と沸点の低いあんちゃんだこと。そこは、気のきいたジョークで返せよ。
「じゃあ、聞くが、あんちゃんはいくら払うつもりだったんだ?」
「馬と馬車で銀貨二百枚もあれば事足りるだろうが!」
銀貨二百枚。まあ、前世で言うなら普通自動車が買える金額だ。そう考えたら常識内の値段と言えよう。ここがド田舎じゃなければ、な。
「だったら他から買えばイイだろうが。他ならもっと安く買えるだろうに。なんでオレなんだよ?」
「お前の馬と馬車がこの村で一番力があって丈夫と聞いたからだ!」
オイオイ、あんちゃんよ。そんな簡単に引っかかんなよ。自分で内情バラすとか、商人失格だよ。
でもまあ、なんとなく考えは読めた。
「なあ、村長。オレがもしこのあんちゃんに馬と馬車を売ったら税は免除してくれんのか?」
そう聞くと、はぁ? となる村長どの。まったくもって話が見えてねーようだな。
「あ、いや、なぜ免除しなくちゃならんのだ?」
まあ、ド田舎の村長にわかれと言う方がワリーか。
「だって、オレんちには馬も馬車もないんだぜ、薪なんて運べねーよ。他に頼むとしても自分の仕事をほっぽりだ出して頼むとなりゃあ、幾ばくかの金を払わなくちゃならんし、今の倍の薪を運ばなくちゃならん。街ならともかく馬なんてそうそう売ってねーし、馬車って、注文受注のこの村でいったい何日かかんだよ。背負って薪を運べって? 一日かかっても運べねーよ!」
いや、運べるけど、このあんちゃんに言ってやる義理はねー。
「なあ、あんちゃん。あんたはオレにそれを要求してんだよ。銀貨二百枚でその苦労を買えってな。ふざけてんのはオレか? あんちゃんか? 田舎もんだからって足元見てたら身を滅ぼすぞ」
まあ、このあんちゃんの上司はわかっててやらせてんだろうが、やられるこっちはおもしろくねーよ。胸くそわりー。
「それとな、あんちゃん。あんちゃんとこの護衛がどれほど強いか知らねーが、船の技師がいるバルダリンの港街までいくには厳しいぞ。これから春になるからオークやオーガが活発になる季節だ。まあ、ここら辺は比較的安全だが、バルダリンまでいくには山がいくつもある。隊商でも二割は失う道だ、単独の馬車などエサを与えにいくようなもんだ」
こんなことオレに言われなくてもわかっていることだろうし、そのための海運なんだろうが、わざわざ失うために大事な馬と馬車を売ってられっかよ。
「あんちゃん。あんたの上司に伝えな。そっちが誠実に対応するならこちらも誠実に対応するってな」
オレが尊敬する商人は〇ルネコだ。損を得に変えられる商人ならこっちは更に損してやんよ。
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