第5話
『もうすぐ着くよ』
急いで向かってくれているのか、カナから普段よりやや淡白なメッセージが届いた。
今日でカナと付き合い始めて2年になる。
人気のフレンチの店で祝うつもりだったが、今日が土曜日ということもあり、2ヶ月前に電話をした時点で、既に予約が取れなかった。
その事をカナに伝えると、
『じゃあダイキんちで家飲みでいいんじゃない?その方があたし達らしいよ!』
と笑って言ってくれたので、正直ホッとした。シフトの都合上、前日が夜勤になってしまっていたので、夕方からカナが来てくれることになっていた。交換予定のプレゼントも用意してある。
先日、急遽カナが開催した飲み会では、久々にみんなで会うことが出来て楽しかった。まるで高校時代に戻ったような感じだったが、高校時代とは2つ、変わった関係があった。1つはカナとの関係。もう1つはユキとの関係…。
──ユキとの関係については、誰にもバレなかったはずだ…。
ユキとの密かな関係が出来てしまったのは、去年の夏だった。街の夏祭りで、露店が連なる通りをカナと歩いている際に、偶然出会ったのだ。そこでカナが声を掛け、一緒に夜の花火大会を観ることになった。
花火が始まる直前に、カナがトイレを探しに離れ、二人きりになったときに告白されたのだ。
──実は高校の時から好きだった、と。
最初は戸惑い、『今はカナがいるから』と断ったが、好きだ言われたことは正直嬉しくはあった。
ユキは『気持ちを伝えたかっただけ』と言ったが、その後は度々連絡を取るようになり、罪悪感を感じながらも、二人で出掛ける様にもなった。
そして半年前、俺の誕生日の1週間後に二人で逢った際に、ユキからプレゼントを貰い、ついに関係をもってしまった。
その後は、後悔と罪悪感から再び関係をもつことはしなかったが、たまに逢うことは続けていた。
その為、久々に仲間と一堂に会するということでヒヤヒヤしたが、我ながらそれを表に出さずに振る舞えたと思う。
早くこんな中途半端はやめて、カナとの関係を大事にしていこうと思ってはいたが、なかなかユキに言い出せずにいた─。
(今日でカナとは2年なんだし、ユキにはしっかり伝えよう)
と、決意を新たにすると、ちょうど玄関のインターホンが鳴った。
────
不安と恐怖に搦め捕られた足を引き摺り、なんとかダイキの部屋の前まで着いた。
(あたしの思い過ごしで…、勘違いであって欲しい。)
先日買った時計も持ってきた。
そう。全て自分の思い過ごしなら、今日はこのまま最高の日になる。元々はそのはずだったのだ。
インターホンを押した。
『─はーい。』
「…あたし。」
いつものやり取りで、鍵が開けられドアが開いた。ダイキが満面の笑みで迎えてくれた。
──胸が締め付けられる。
ダイキに促され部屋に入り、やや広めのワンルームのほぼ真ん中にに鎮座するソファに荷物を置く。
「ほら、上着」
ハンガーを持ったダイキが手を差し出してくる。そこで本題を切り出すことにした。
「ねぇダイキ…。ひとつ確認なんだけどさ…。」
少し声が震えてしまった。
「ん?なになに?」
「…ユキとは、いつからなの?」
ダイキの顔が色を失う。
その反応に、自分の予感が正しかったことを確信した。
暫しの沈黙。
「なんで…、それを…。」
「やっぱりそうだったんだね…。」
二人の間に流れる数秒の沈黙が、永遠のように感じる。
そうだとは思っていたが、事実だとなるとやはり耐えられなかった。瞳から涙が滲み始める。
「ダイキ、少し前からキーホルダー付けてたよね。自分で買ったって言ってたやつ。」
数ヶ月前からダイキが車の鍵に付けていたキーホルダー。『Paul Smith』のカラフルなものだった。
「この前、高校時代の写真見返したら、ユキが似たようなデザインのやつバッグに付けてたの。」
「……。」
「それでね、他の写真色々見てみたら、みんなで撮った写真に、ダイキとユキが一緒に写ってるとき、ほとんど写真で2人が近くにいたの。」
「……。」
「よく見てみるとね、適当に撮った写真にね、ユキがダイキに視線を送ってるとこが写ってたの。それに気が付いて、ああ、これは…って。」
「……。」
ダイキから返事はなかった。まるで自分で死刑宣告を読み上げているような感覚になり苦しくなる。
「あたしも高校の時は、ユキ達と『このグループで恋愛はないね』って話してて。無意識に、意見を押し付けてたのかもね。だから、ユキの気持ちにも全然気が付かなかった。」
そこに考えが至った時、ユキにも辛い思いをさせていたのかもしれない、そう思ったが、やはり怒りや悔しさの方が比重は大きかった。
「それで確かめる為に、この前の飲み会をやったの。そしたら今度は、不自然なくらい二人が距離を取ってるから、やっぱり何かあるんだ…って。」
「……。」
「そしたら1枚だけ2人が視線を合わせてる写真があったから、…間違い…ないなって…。」
声を震わせ読み終えた死刑宣告が、再び重い沈黙を作る。
「……ごめん。」
ダイキの、否定でも言い訳でもない言葉が沈黙を破った。
「…ごめん。今日は帰るね。」
ソファに置いた荷物を手にとり、玄関に向かった。
足早に出て閉まっていくドアの向こうで、ダイキの呼び止めるような声がした。
――もう、止まることは出来なかった。
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