清音・濁音という考え方


 清音濁音という考え方、これは日本語話者にはとても身近で当たり前な概念ですね。でも、ちょっと多言語と比較してみると、すぐこの考えがとても特殊なものだということに気づくでしょう。


 日本語の清濁音は、「か-が」「さ-ざ」「た-だ」「は-ば」「は-ぱ」です。でも、英語ではどう表記されるかというと、それぞれ【k-g s-z t-d h-b h-p】です。このように、すべて違う子音となっています。しかし、日本語には清濁の概念がありますから、「か-が」「さ-ざ」「た-だ」などを考えてしまいます。つまり、英語では「k-g」という全く異なる子音発音が、日本語では「が(g)はか(k)の亜種」というとらえ方をしてしまうのです。



 〈清濁の利点〉

 さて、こうした独自の考えには、やはり利点と欠点があります。まず、利点としては言語習得が簡単になる、ということです。「か-が」を例にとりますと、この二つの違いというのは有声か、無声かということです。つまり口の形は全く一緒で、違うのは声帯が振動するかしないかという違いだけなんです。毎度お世話になっているIPA表を見てみましょう。(http://www.coelang.tufs.ac.jp/ipa/consonant_pulmonic.php)確かに、軟口蓋破裂音は左右に「k g」とありますね! 前にも言ったように左側が無声音なので、kは無声(声帯が震えない音)だということがわかります。口の形が同じだから、字母は同じで点を二つつけるだけ。記憶負担が少なくなりますし、わざわざ「g」専用の字を作らなくていいので、色々便利なんですよ、ほんと。



 〈清濁の欠点〉

 そして欠点なんですが、一つは「全然違う音も対として考えてしまう」ということがいえます。何かと言いますと、「は-ば」「は-ぱ」です。hは声門音である一方、bとpは両唇摩擦音です。発音の仕方が全く違います。ちなみにIPAの表で同じセル内に表記されているのはbとpなので、「か-が」のような実質的な対立構造は「ば-ぱ」なんですね。こういう風に理詰めしていくと、混乱してしまうというのが一点。

 そしてもう一つの欠点としては、固定観念が生まれてしまうということです。皆さんも、濁音というのはなんとなく汚らしい、もしくはいがいがしてたり、力強かったりするイメージをお持ちではないですか? コロコロとゴロゴロ、トロトロとドロドロ、トントンとドンドンなど。外国人の耳からすれば、ただ音が違うだけです。でも私たちは「濁音が(文字言語的に)亜種」であると印象付けられてしまっていますから、どうしてもゴロゴロ、ドロドロのほうが荒々しく聞こえてしまうなどするわけです。

 もっといい顕著な例だと、男性名・女性名が最たるものです。男性名には「ダイチ・サブロウ・ダイスケ・スグル」など、濁音が使われるばかりか、先頭に置かれる場合もあります。しかし女性名となると「ミドリ・ナギサ・ツムギ」など、濁音が入る名前を探すのも一苦労です。しかもそれ以上に、先頭に濁音が置かれる場合は絶対ないといっても過言ではないです。もし、先頭に濁点が付く日本の女性名を知ってる方がいたら、お教え願いま(1)


 ただし、何度も言っている通り、この清濁という概念は日本独特のものですから、外国の女性名であれば先頭に濁点がつくものもたくさんあります。ヴァネッサ・ジャスミン・グレーテル・デボラ・ジュリエッタなどなど。いずれも少し外国の知識がある方ならすぐ女性名だとわかるものばかりですね。

 このように、清濁の認識がある以上、日本人は様々な面で規制を受けています(それだけ考えることが増える、ということにもなります)。この文化・認識がある限り、先頭に濁音が付く女性名は誕生しないでしょうし、きれいなイメージの商品に濁点は付きにくいでしょう。


 〈応用の注意点〉

 もしあなたがファンタジー言語に濁点の概念を入れるとしたら、こういう認識があるということも知っておきましょう。また、逆に多くの言語はこうした概念がないものですから、そういった言語を作る際に清濁の固定観念を持ったまま取ってかかるとおかしなことになるかもしれません……。あくまで私たちの清濁観念は例外だということを頭に入れておきましょう。



(1)コメントにて、「ジュンコ、ゲン」などが濁音始まりの女性名であるという情報をいただきました。ありがとうございます。

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