「形態面」を考える

文字言語について


 実は、音声を持たない言語というのは絶対にない一方、文字を持たない言語というのは意外とあります。身近なところで言えば、アイヌ語も文字を持たない言語です。それに、日本語だってもともとは文字を持たない言語でした。そのあと漢字を輸入して、そこから仮名を発明したといういきさつがありますね。


ではそもそもなぜ文字というものは発明されたのでしょうか。これは簡単です。「情報」を伝えるためです。しかし、アナログな音声言語は、たとえデジタルの力をもってしても完全にはとらえきれません。無数の情報を持つ音声言語と抽象化された文字言語は、のです。何を言いたいかと言いますと、文字言語は完璧ではない、ということです。信頼しすぎないようにしましょう。



〈「ん」の種類〉

 クエスチョン:日本語の「ん」は何種類あるでしょう? え、一種類しかない、ですか。ある意味正しいのですが、それは文字言語の面で、です。実は音声言語で言うと、たくさん種類があるんですよ。


①あん    :舌の後ろ側が軟口蓋の奥につく(鼻濁音的)

②せんだい  :舌先が歯茎につく

③でんぱ   :両唇がくっつく

④もんを   :舌がどこにもつかない


 ほら、こんなにたくさん。一見すると法則性が無いように思えますが、これらの②~④の撥音は皆「調音場所が次の音と同じ」になっています。簡単に言えば、後ろの発音の準備を前もって言いながら様々な「ん」を発音しているわけです。私たちにはどれも同じに聞こえる「ん」も、日本語母語話者意外だとかなり「異なる発音」と認識します。わかりやすいのは①と③です。簡単なアルファベット発音記号で書くとしてもannとdempaというくらい。こうした、一つの言語体系の中で、「発音は異なるが同じとしてみなされるもの」を異音と言います。



 〈現代日本語に溶け込む歴史的仮名遣い〉

 異音なんか難しいお話をしなくとも、今私たちの文章だって考えてみればとても「奇妙な表記」をしています。助詞の「を・へ・は」です。それぞれ発音上は「お・え・わ」なのに、表記は(下手をすれば)数百年前の書物と同じです。不思議だと思いませんか? これこそが音声言語と文字言語は、永遠に交わることがないと申しあげた理由になります。

 「私わ寿司お食べに、東京え向かった」

 と書けばいいのに

 「私は寿司を食べに、東京へ向かった」

 となる。このメカニズムはご自分で調べてほしいのですが、とにかく文字言語と音声言語は月とすっぽんほど違うんだということを頭に入れておいてください。ファンタジーへの応用は難しそうですが、日本語のように「漢字・ひらがな・かたかな(・アルファベット)」とたくさんの文字を使い分ける種族があるとすれば、より文字言語と音声言語の乖離が進むぞ、ということだけはアドバイスしておきます。

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