第19話 晃平 参加

「本当に、好き?」

 妙子の質問に早苗が少し考えこんだ。

「おいおい、」

 南が呆れながら言う。明美も同じような顔をしている。

「よく解らないけど、早苗の気持ちがどうなのかなって。もし、梓のことを知って、彼が戻ってきたとして、早苗はうれしい? もし、戻ってきても、彼は梓のような人が現れるたびに流されてしまうかもと思って、嫌気がさしているのに、結婚式があるから、キャンセル料を払いたくないから意地になってるとかない? そんなことのために式を挙げて、やっぱりだめでしたとするより、キャンセル料を払った方がいい気がする。

 それでも彼が好きで、梓に渡したくないというなら応援するけど、梓の事ばかり話して気分が悪い。っていうのは解るんだけど、その後は? 彼への気持ちは? ちょっと、私には解らないかな」

 妙子の言葉に「確かに」と南が言う。


からん


「珍しい、何だ、何の集まりだよ」

 と安田 晃平と中村 達樹が入ってきた。

「驚いたぁ、中村君?」

 明美の声が上擦る。

 「久しぶり」とあいさつをする達樹。

「なんだかねぇ」とぼやきながら、晃平たちは春乃が手招きしたボックスシートに座った。「みんな、達樹たつきを覚えているは、中村君ハートという」

 と女子を強調するあたり、もうすでに何人かの同級生に出会って同じような反応だったのだろう。晃平はむすっとしながら横に座った春乃にぐちぐちと文句を言っている。

「それにしても、こんなに同級生が集まるんだね、ここは」

 という達樹に明美は「今日は特別」といった。

「なんだよ、何があったよ?」

 という晃平に、明美は別の話を切り出す。

「あんたたちのさぁ、近況ってどうなの?」

「近況? ……変わりねぇかな。まぁ、達樹が戻ってきて、今、一緒に環境開発で働いてる。ってぐらいかな。そうそう、こいつ、毎日妙子の弁当を持ってくるんだよ。あのサービスで作ってる弁当を申し込んでさ」

「あぁ、単身赴任の人の弁当を作ってるあれ?」

「一人増えても変わらないしね。そもそも料理作るんだから一緒だしね」と妙子。

「まぁ、そうだけど、……でも妙子の料理を毎日食べれるというのは、中村君にとっては幸せなことでないかい?」

 という明美に達樹は微笑む。

 妙子はこそばゆくなっている顔を背けコーヒーを持って達樹たちの所へ行く。

「それで、何?」

 と聞く晃平に、意外な伊乃から、

「なんとか梓って、女から意地悪を受けているんだってさ」

 と話に出た。

「なんとか、梓?」と晃平。

「佐川 梓?」と達樹。

「よく解ったわね、晃平は出なかったようだけど、」と明美

「いやぁ、俺、あの人苦手だったわぁ」

 と達樹は頭を掻く。

「中学校の二年の時に引っ越してきたんです。そん時の同級生で、たった二年だったけど、こっちに越してきて本当によかったなぁって。まぁ、それで、出向命令を転勤に変えてもらって、もう、ここに移住する手続してるんですけどね。

 その、佐川さんには本当に参ったよ。今でも、ちょっとしたトラウマになってるしね。何なら、本当に忘れ去りたい人だけど、」

 と達樹がイヤそうな顔をして話すので、明美が驚きながら、何があったのか聞いた。

「体育祭前で、担当が用具出しだったんだよ。前日までに使用する用具の点検をしたりして、補修するところは直してって、まぁ、直すって言っても、中学生ができる範囲なんで、花飾りを作り直したり、棒に紅白のテープを巻くとか、そういったことだけど、跳び箱の奥にある踏切版が必要で、跳び箱をずらして取ろうとしたら、その跳び箱の奥に立っていたんだよ」

「え、こわっ、何、それ?」

「どういうこと?」

 一斉に悲鳴に似た声に達樹は苦笑いをし、

「いや、彼女も用具係だったのか、よく解らないけど、その日はそこに居てさぁ、みんなは関わりたくないからって周りに居なくなっていたのに気づかなくて、跳び箱をずらしてたら、いつの間にかその隙間に入ってて、まぁ、なんていうのかね、入り口から見たら、俺が彼女を用具倉庫に追い込んでいるように見えなくもないような状況」

 と本当にイヤそうに手を振りながら、

「驚いて思わず声をあげて、やっと引っ張り出した跳び箱で押し込んで逃げたよ。おかげで、今でも、資材倉庫の隅とか行くと一瞬よぎる」

 達樹の言葉に晃平が大げさに笑い、

「だから、ちょっと苦手だとか言いながらわざと声出して倉庫の隅に行くのか」

「だって、怖かったんだってば、なんかよく解らない、どういうの? こう、目にゴミでも入ったのかってぐらい瞬きしてさ」

 と達樹がその時の梓の行動をまねると全員が大笑いをし、

「やってた、やってた。何で見たのか知らないけど、瞬きして、上目遣いにしたら男はいちころよとか言ってたわ。馬鹿みたいに」

「もうねぇ、あれ以来、ほんと、まじで隅が苦手でね」と達樹は額の汗をぬぐった。

「その梓が何? 今頃どうした? たしか、どっかの御曹司と結婚したんだろ? もう住む世界が違う。とか言って、同窓会に一度も来ないし、この辺りにも来ないだろうに?」

「それが世間は狭かったんだよ」

 と伊乃が言い、早苗の話を素晴らしい解釈で要約し、現状、

「その子はたえちゃんから、本当に好きかどうか聞かれてる。梓って女が手を引いた後、それでも一緒に居たいかどうかってね」

「すごい、さすが伊乃さん、説明解りやすい」

 晃平は手を叩き、そして早苗のほうを向く。

「お前の返答次第では俺たちも手を貸すぞ」といった。


「手を貸すって?」

「具体的にどうするかはまだ解らないが……その春樹ってやつ、よほど流されやすい奴のようだから、梓の言いなりになっていて、安芸がいくら言っても梓に対するやっかみか、ひがみか、嫉妬ぐらいにしか思っていないだろうし、安芸が言えば言うほど、梓の悪口ばかり言う嫌な女に映ってると思う。

 男ってバカだから、一瞬でも過去のマドンナや、彼女や、好きだった相手なんかが、ふらっと現れて、ちょっといい顔したら、脈ありなんじゃないかって思ってしまう」

「チョーばか」と南

「解ってる。まぁ、聞けって。男って本当に馬鹿だから、絶対にないと解っていても、ちょっとふらっと来そうなことに遭遇すると、魔がさす。魔がさす度合いがひどすぎるけどさ。

 ともかく、そういうのぼせているときに安芸がいくら言っても無駄。その友達とか、つまりお前らな。に説得されても、それも逆効果」

「じゃぁ、どうするのよ? 別れるの?」と南、

「お前さぁ、極端すぎ。旦那にもどっちかしか選択肢与えてないだろ? 息詰まるぞ。お互い。ここは同調しろよ」

 晃平はそういってコーヒーを口に含み、

「まったくノーマークな場所からふいに噂を聞く。まぁ、梓の悪口を言う奴なんか山ほどいるだろうから、ただし、安芸と無関係である方がいい。逆に、彼や、梓に近い場所の人間から出る不満は本物だから、そういう人の話を聞かせる」

「聞かせるってどうやって?」

 達樹が聞き返す。

「その前に、やっぱり安芸、お前、本当にどうしたい? 妙子が言ったとおり、どうしても一緒に居たければ、行動に移すし、梓なんぞに振り回される男は嫌だというなら、キャンセル料を払って別れた方がいいぞ」

 晃平の言葉に早苗は眉を顰める。

「……解れる結末は見えないわね」

 マリリンが言う。全員の視線がマリリンに集まる。

「別れないの?」と南

「このカード次第ね……そうねえ、今の状況では結婚カードが出ているけど、同時に死神のカードも出ている。ただし、この死神のカードは再出発の意味もある。そして、このカードは、行動によって変わってくる。前向きに進むのか、暴走して破談するかは、あなたの気持ち次第って出ているわ」

 マリリンはそういって「気持ち次第」だといった恋人のカートを掲げた。


「私、」

 早苗がしばらくしてやっと口を開き、

「やっぱり、春樹君と一緒に居たい。好きだし、他の人では、やっぱり嫌だった。安田とか、中村君とかで想像したけど、春樹君のように、自分らしく居られないなぁと思って。

 あ、でも、安田とか中村君が嫌だってわけじゃないよ、二人は昔っからかっこよかったし、一時期憧れていた時だったあったし。今だから言うけど。

 でも、やっぱり、それ以外の人でも、なんだか緊張するだろうし、リラックスできなさそうだし。

 それに、一番は、私春樹君が好きだわ」

 早苗の言葉にみんなの顔が少し赤づいた。


「じゃぁ、作戦を練らなきゃな。安芸は関わらないほうがいいな。まったく知らないほうがいい。梓の話を聞いても、知らん顔をする。言えば言うほど彼は梓の沼にはまる。まぁ、少しの辛抱だけど、無理だったら、ここに逃げてくりゃいいさ。だろ?」

 晃平に言われ妙子は頷く。

「いいよ、いつでも」と妙子

「あ、そん時あたしも泊まりに来るわ」と明美

「いいなぁ、うちは家族要るから無理だもの」と南

「いいじゃない、一泊ぐらい、お母さんがいなくても大丈夫でしょ、もう、子供たちも?」と明美

「そうだけど」

「少しは息抜きしたほうがいいぞ、いったん目を離してみるのも、いい時だってあるしさ」

 晃平の言葉に南は少ししてから頷く。

「晃平はすごいね、さくっと悩み相談を解決するね」

 達樹に言われ晃平は大げさに照れながら、

「いやいや、他人には言えるんだよ、他人にはね」

 と笑った。


 準備に数日かかるんで、用意出来たら晃平から妙子に連絡を入れ、その後、全員に連絡が入る様に連絡網を整えた。

 早苗には苦しい時期だが、必ず助けるからと晃平は笑顔で言ったので、早苗は信じると頷いた。

 早苗にはできる限り梓の話しに文句を言わないようにと、無理だったら、馬酔木に来ること。妙子たちはストレス軽減のために、女同士のおしゃべりに付き合うことを言い渡された。

「それで、晃平は?」

「まぁ、いろいろしてみるよ。なんせ、めっちゃ顔広いんでね、俺」

 と笑う。


 納得したようで、同級生たちは帰っていき、常連客がカウンターに戻ってきた。

「あれだね、たえちゃん、」

 春乃がほうじ茶をすすりながら、

「いろんな同級生がいるもんね」といった。

「そうですね」

「で、あれでしょ? たえちゃんの運命の男って」

 と春乃がマリリンを見る。

 マリリンが「恋人」のカードを掲げる。

「妙子さん次第ですよ」

 というマリリンに、

「彼は、イケメンだったわね」と春乃が言う。

「無駄にね」と伊乃が言い、春乃が嫌な顔をするので、「無駄にいい男というのは、女に喧嘩をさせてしまう。災いを産む。まぁ、あの子がどうか解らないけどね」

 妙子は顔をひきつらせて笑う。

「でも、いいと思うよ、彼。なんとなくだけど、たえちゃんのこと、本当に好きそうだったわ」

 と春乃が言った。

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