第18話 どうすればいいのか解らないだけ
南は呼吸を整えるように深呼吸をしてから、
「旦那や子供が嫌いなわけじゃないの。感謝もしているし幸せだけど、なんだか、なんか、なんて言ったらいいのかな? なんか、違うというか。違うっていう言い方も違うよね。こう、気持ちの持って行きかたが解らないていうのかな?
ただ単純に、感謝されたいだけなのかな? と思うときもある。家族が、おいしかった。弁当ありがとうとかって、そういう言葉だけが欲しいのかと言われたら、そういう事じゃない気もする。
だからと言って、今の状態のように、感謝の言葉がないのは嫌だけど、でも、そういう事でもないのよね。
私は何をしたらいいのかなって、不安になるというか……これで合っているのか? とか思うのよね。
人によれば、幸せな悩みだし、悩みだと言われないかもしれないけど。でもね、どうしようもない、何と言うか、そういうものがずっとあって、優しくできなくて。
優しく接しないから、みんな私に優しくないんだって解るけど、でも、ちょっと、横にいる事ができないというのかな。……よく解らないよね」
南はそういってかすかに笑った。
中学の時にも、よくそういう笑いをしていた。困ったときに逃げるための、相手に何も言われないように負けを認めたような笑い。
「どうして欲しいか、具体的にはないのね?」明美が聞く。
南は頷き、「それも、よく解んない」とぼそっと言った。
「ホームセンター、」
マリリンがタロットカードを切りながらつぶやく、南が聞き返す前に明美の声が甲高くはじけた。
「そうよ、あそこ、角のホームセンターで園芸のスタッフ募集してた。あそこに取材に行ったときに仲良くなったのよ、そこの販売員のおばちゃんに。そしたら、
花が好きで、世話が好きで、それを苦労だと思わない人っていないかしら?
って言われてたのよ。あんた、働いてみたら? 花好きだったし、世話好きだし、几帳面だし。あたしは向いてると思うよ」
明美の説得力はその行動力に伴い、人を突き動かす力もある。明美に認められていたと思うと人はみな動きたがる。これは中学の時から妙子が思う明美の才能だ。同じセリフを妙子が言っても南をあれほど喜ばせはしないし、早苗の同意で南を奮い起こさせることもない。
南は今すぐにでも飛び出て面接を受けに行くようなくらいの元気を一気に取り戻した。思わず「さすが」と言いそうになって妙子は黙った。
「さて、台風の目。あなたの番よ」
マリリンが早苗を見てほほ笑んだ。
「あなたにとってはひどく悪い台風の目がそばにいて厄介ごとを持ってこようとしているわね」
マリリンの言葉に早苗は明美を見たが、明美の横顔が驚いているので、早苗は少ししてから―多分、明美が事前にマリリンに情報を流したのだと思ったのだろうが、そういえば、ずっと一緒に居たんだ。と思いだしたようだ―
「今度結婚するんだけどね」と切り出した。
三人に「おめでとう」と言われ少し照れ臭そうに微笑んだが、
「それがね、もう、式まで時間ないでしょ? 今から変更もキャンセルもできないし、彼のご両親も、ここ最近の春樹君の様子に驚いて、あなたたち大丈夫なの? って聞いてくるの。これ、まずうちらの前提ね。
それで、春樹君ていうのは、彼のことでぇ。えっと、同じ歳で、山商事の営業にいるのね」
「山商事って有名じゃない」
早苗は頷いたが、あまりうれしそうな印象は受けなかった。
「大学の時の同級生で、優しくて、気が弱いところがあるけど、気にならない程度だし、誰かと戦うわけじゃないから、まぁ、たぶん普通の人。でも、お互い音楽が好きで、同じバンドが好きで、家具とか、食べ物とかそういったものが合ったから、自然とそういう感じになったのね。
入籍は今度のいい夫婦の日に入れることにしてて、でももう一緒に住んでるのね。
それで、おかしくなったのは、たぶん、一か月かな、二か月前じゃないと思う。ただ、一か月ぐらい前に、山里さんと同級生なんだってね? っていうから、山里って記憶になくて、首傾げたら、写真見せられたの。ロビーで一緒に撮ったんだって」
そういって早苗は思い出したように口を覆い、吐き気を止める。よほどの写真だったのか、急に顔色も悪くなった気がした。
「ロビーって言ってもね、会社の打ち合わせで行ったホテルで、たまたま会ったらしいの。確かに、他にも人はいたけどね、でもね、その、その中に、佐川 梓が写ってたの」
早苗の顔色はひどく悪くなり、口を抑えたままそれをこらえるように肩を震わせていた。
三人は顔を見合わせ、
「今頃?」
と同時に言った。
「梓って、あの梓?」と南
「そうみたいよ」と明美
「なんでよ?」と妙子
「その会社って、梓の旦那の会社なんだってさ」と明美が代わりに話す。
「玉の輿乗ったって、そこ?」と南
「そうみたい。それで、たまたまホテルで、彼が荷物をばらまけ、持っていた定期入れに、早苗と映っている写真を見つけたらしい」
「……今頃?」と妙子。
「あの女は病気だね」と南
三人は頷き、早苗を同情で見る。
中学の時の梓の早苗に対するいじめは陰湿で、嫌悪しかない。
三人は中学三年間一緒だった。ついでに梓も。だが、早苗は一年の時だけ別のクラスだった。クラスがかなり離れていることもあり全く面識がなかった。二年になってから仲良くなり、その時に梓からのいじめを知り三人で撃墜した。それまでの、中学一年生の一年間で、早苗が何度自殺しようとしていたかを三人は後で聞いて知っている。
その後、梓が別の子をいじめていると聞けば、明美が先頭に立って成敗していった。
梓は明美に負けっぱなしだった。クラス委員長も、生徒会長も、立候補した梓よりも、推薦で仕方なさげに壇上に上がる明美のほうが選ばれた。そのうえで、早苗をいじめるというストレス発散場所を奪う明美に対して何度も攻撃を仕掛けてきたが、まったく不発に終わり卒業した。
それ以来のことなので、三人は、いや、早苗にとっては気分が悪くなるであろう出来事だったのだ。
「もう、震えて、携帯落として、そしたら、春樹君が、
何するんだよ、せっかく梓さんが一緒に撮ってくれたのに。
って、まるでアイドルか何かと一緒に撮ったみたいに興奮してその時のことを話すの。
早苗と結婚するんだぁ、おめでとうって言ってた。いい人だよなぁって。でも、それ、」
「違うわぁ」
三人が同時に言った。
「獲物がかかった時の言い方だわ」
「梓って単純だよね。やり方が」
「変わっちゃいないでしょうよ。あの性格から勉強するという言葉はないだろうから」
三人は頷く。
「だけど、私が、仲良くなかったし、正直、関わってほしくないって言ったの。私をいじめていた人だからって。だけど、だけど、だけど」
「え? 早苗の旦那ってバカなの?」と南
それに多少むっとした顔をしたが、
「でも、バカ? って、正直思う。あたしがこんなに苦しんでるのに、理由を話してるのに、それなのに、」
「何? 梓が関わってくるわけ?」と南。
早苗は頷き、
「最初は、ドレスが黄色はおかしくないか? って言いだしたんだけど、選んだの春樹君なんだよね。それに、もうドレスの変更は無理で。
その次に、出す食事を変更しようか? とか、人数を増やそうかって言いだして、いまさら何? って聞いたら、梓に、そんなこじんまり? そういうのをケチって言うのよ。男なら大きくしなきゃ、あなたの出世に響くわよ。それをケチるなんて、ほんと早苗ってば役に立たないわね。
って言ってたって言いだしてから、どうしてもっと早く動けないのか? とか、聞かれたことに即答しろとか。って、今までの春樹君らしくなくなってきて、それも梓のせい? って聞いたら、梓さんは正しいんだ。って。もうね、なんか、どうしたらいいのかって思って」
「いや、結婚止めたら?」
南の直球に、「そういう所よ、あんたの嫌われるところ」と明美に言われる。南は少しむっとしながらも、
「でも、そんなこと言う人と一緒にいる意味ある? 大事にされないのに?」
「確かに、結婚を辞めろというのは極論だとしても、さすがに、どうかとは思う」
と明美も同意し、妙子のほうを見た。
「私? 私は……、早苗は、彼のこと、好きなんだよね?」
と妙子が聞いた。
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