第16話 南来店
妙子が中学の幻想に呆けている間に、常連客が戻ってきていたようだった。後々聞くところによれば、マリリンが「嵐の目の中に行きませんか?」と三人を誘ったらしく。お祭り騒ぎの好きな春乃が大ノリとなり、峰 美鈴も脚本のネタになるならと同意し、悪趣味だと嫌がる伊乃を連れてやってきていたらしい。
妙子は呆けていたので、気付いた時にはひどく驚いた。この4人をときどき「どこかの国の魔女か何かじゃないか?」と思う時がある。
いらっしゃい。と言った妙子だったが、一瞬その客が中学時代の同級生南だとは思えなかった。
髪はぼさぼさで、肌の色は悪く、目の下のクマ。ひどく憂鬱そうな姿勢でのそっと入ってきて、一応礼儀としての愛想笑いを浮かべ、
「久しぶり」
と言った南に、合わせるように「久しぶり」と言った。
南は入り口すぐのカウンター椅子に座った。
常連の伊乃と春乃、峰 美鈴が横眼で南と妙子を見る。
「あぁ、中学の時の同級生なんです。久しぶりでびっくりしたわ。コーヒー? アイスにする?」
と妙子が言うと、南は常連の三人に軽く会釈をする。隣にいるマリリンだけはずっとタロットカードをいじっているので、南は妙子のほうを向いた。
「変わってないわね、ここ」
妙子が眉を顰めるほど南の声は弱かった。
中学の時にはこんな子ではなかった。
中学では陸上の砲丸投げの選手で、県の中学大会で入選したほどの選手で、運動部よろしく声が大きくて、生き生きしていて、でも本当の南は、花が好きな子で、「将来の夢はお花屋さんよ」と中学の時にも言っていた気がする。
だが、短大を卒業してすぐに、「結婚しました」というハガキをもらい驚いた。
「あたしは結婚はしないわ」
と散々言っていた人が一番先に結婚したのだ。しかも、すぐに子どもができた。母となって忙しく過ごしているらしく、次第に集まりにも不参加が続き、近所に住んでいるにもかかわらず年賀状だけの付き合いになっていたのだ。
正直、顔を合わせたのは五年ぶりだろうか?
南は妙子が置いたアイスコーヒーを半分一気に飲み干し、安堵の息を吐いた。
「何か、あった?」
妙子が静かに聞く。
南が横の常連を見る。
「大丈夫よ。この人たちなら。逆に相談に乗ってくれる。私よりも……ここに明美がいたら、もっと相談に乗ってくれるだろうけどね」
「明美かぁ、……懐かしぃなぁ。
あたし……どこでどうしちゃったんだろう。間違ってはいないと思うのよね。間違いじゃないと思うけど、なんだか、解らなくなってきちゃった」
妙子は首を傾げる。
「すべて話しちゃいなさいよ。いい話も、悪い話もごちゃまぜでいいから。話すことで整理されるっていうし。壁に話すより、聞いててあげるから。私たち」
春乃の相変わらず人を落ち着かせる笑顔に、南ははらはらと泣き出し、
「朝、目が覚めて、旦那が横に寝ているのも腹が立つ。その旦那のために、子供のために朝ご飯を用意して、弁当を用意している自分にも腹が立つ。
掃除して、買い物行って、洗濯物取り込んで、畳んで。片付けて。夕飯の支度して。用意して、片付けして。一番最後にお風呂に入ってたら、すごく呼ぶから、大急ぎで風呂場から出たら、何だ風呂入ってたのか、じゃぁ、いいやって、目の前にあるリモコン取れって……。あたし、お風呂行くって言ったわよね? リモコンぐらい手を伸ばせば取れるじゃない。大騒ぎすること?
って、怒鳴ろうと思うけど、怒鳴ってどうにかなるわけじゃないだろうから。風呂場に戻るでしょ。そうしたら、息子たちが、そんな恰好で居ないでよ、気色悪いって。
べつにね、あんたたちの彼女じゃないんだから、どうだっていいじゃない。ていうか、この体はあんたたちを産んだからこうなったのよ。
あたしだって、あたしだって好きでこんなことしたくないのに。
でも、夫のことも、子供のことも大事だし、大好きなの。でも、だからって、そんなこと言われ続けなきゃいけないの? あたし、なんか間違った?」
南はしゃくりあげながら一気にこぼした。
妙子は天井を見た。
(まいった)妙子はこういう話は本当に解らなかった。結婚していないので、旦那との折り合いの付け方や、嫁姑。そもそも、恋人なども居なかったので、恋愛に分類するすべてのことに疎かった。
とはいえ、お客には主婦もたくさんいる。その彼女たちの話しを聞いて
これは本当に明美が来てくれた方が助かるのに。と思っていたからなのか、ガラスの向こうから、これまた懐かしい顔だ。明美と早苗が一緒に近づいてきた。
「すごい偶然だ」
という妙子に、マリリンが鼻を鳴らす。
からん
明美と早苗が入ってきて、南に驚いて声を出す前に、
「あなた、グッドライフ―近所のホームセンター―に、」
マリリンが切る。
「グットライフに?」
南と、明美が同時に聞き返した。
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