第15話 明美と早苗
津野 明美は営業帰りの車の中、流行の歌が邪魔でラジオを消した。今から母の所へ行く気重さでため息しか出なかった。
夏の日差しは焼きつけるように厳しくて目の奥が焼かれているような錯覚を覚える。
コンビニに寄って、とにかく涼を体に入れようか、それとも見舞った後にしようかと思案していると、向こうから歩いてくる安芸 早苗が見えた。
「珍しい」
この時間に歩いているのは主婦らしいと言えばそうなのだろうが、この危険なほどの暑さの中歩くのはいかがなものかとも思った。とはいえ、明美は昼休みを利用して母親の所へ行き、それが済むと、パンをかじりながら会社へ向かい、午後はタウン誌の記事を書かなくてはいけない。小さなタウン情報誌の編集長なので、取材も、記事も率先してする。仕事熱心だと言われるが、現場に行くほうが好きなのだ。そう、仕事が好きなのだ。だから、早苗の様子が気にはなるが仕事が優先だ。
とアクセルを踏み込もうとしたが、思いとどまらせたのは何なのか解らないが、とにかくコンビニの駐車場に入り、車を止めて早苗を追いかけた。
あれはウォーキングで歩いているのではなく、ただただ徘徊しているだけのような歩き方だ。だからすぐに追いつき、その腕を掴んだ。
「久しぶりね、声かけたのに、」
腕を引っ張られ、振り向かされると目の前に身ぎれいな女性が立っていた。という認識しかなかった。
「あんた、同級生の顔忘れた? 私、そんなに変わってないつもりだけど?」
とちょっと強めに言うと、やっとあたりを認識し始めたらしく、早苗は「あ」と言ったまま泣き出した。
明美は驚きながらも、車に連れて行き、まず早苗を車に乗せると、コンビニでジュースを買って戻ってきた。
「糖分高めよ」
そういう言葉が昔と全く変わっていなくて、早苗はまた少し目を潤ませた。
二人で糖分高めのミックスジュースを飲み、明美が
「はぁ、生き返るわぁ」
というのがおかしくて早苗が笑う。笑うが、
「あんた、顔、笑ってないわよ」
と言われ、俯いて泣き出した。
ひとしきり泣いて落ち着いて、
「あ、仕事は?」
と切り出す早苗に、
「あぁ、さっき、部下にすべて任せた。このところあたしもちょっとあって、みんな知ってるから、半日休んでも大丈夫だって。一応、
と明美は携帯を見えるところに置き、早苗のほうを見た。
「ゆっくり話せる場所行こうか? 今なら、まぁ、車の中なんで誰にも聞かれないけど、……暑いわなぁ」
早苗も「暑いよね。ガソリン代もかかるもんね」と言い、少し考え、
「
と二人同時に言った。
二人は顔を見合わせて笑い、明美は車を出した。
「まぁ、急に行ったとしても、妙子なら相談に乗ってくれるだろうし、相談乗れなくても話は聞いてくれるだろうけど、一応、何があったか先に聞いとこうか?」
早苗は頷き、ぼそっと「今度結婚するの」と言った。
「あぁ、招待状きてたよ。絶対に行くから」
早苗は頷く。
「そういえば、近いうちに相談に乗ってほしいって書いてたっけ?」
早苗は頷く。
「そのこと?」
早苗は頷く。
コンビニから妙子の店、馬酔木は車で五分とかからない。だが、明美はすぐには向かわず少し車を走らせることにした。
「春樹君は、営業先の人で、とてもいい人なのよ。性格だって明るいし、優しいし」
「だから、結婚するって決めたんでしょ?」
「そう……でも、最近、ついて行けなくて、」
「ついていけない?」
「式場を変更しようかとか言い出したの」
「なんで? プランナーが何かしたの? 招待状を見る限りではあそこのプランナーはいい人たちばかりだけど、」
「プランナーさんたちのせいじゃないわ」
「会場? 違う……向こうの親? でもないの? じゃぁ何?」
「山里さんが言うのですって」
「何を?」
「結婚式は女の晴れ舞台。けちけちしていると、器量のない男だと思われる。そうするとまわりまわって出世に響くって」
「はぁ?」
「私は、親族、友人合わせても50人にも満たない本当に小さな会食スタイルの披露宴をしたいの。お金がないのもあるけど、見栄を張って全く知らない人をたくさん呼んでもしようがないって。話し合ったのよ。春樹君、最初はそう思うって言ってたの。それなのに、急にドレスで黄色を着るのはよくないらしいよ。って言いだして」
「なんでよ? お色直しのカクテルドレスでしょうが?」
「そう。私着物着たくないから、白ドレスと、その黄色いドレスだけにしたんだけど、会社から帰ってきたら急に、あぁ。もう私たち一緒に住んでいるの。帰ってきたら急に言い出して。でも、黄色を選んだのは春樹君で、試着した中で私も気に入ったから決めたのよ。
それに、式で黄色いドレス着ちゃだめだったら、レンタルとか、ドレスのデザインにないでしょう? それに、今から変更するっていうのはぎりぎりだったし。
そしたら機嫌悪くして、でも、まぁ、急な変更はキャンセル料もいるからってことで納得したはずなのに、式に呼ぶ人を増やそうとか、料理のランクを上げようとか、新郎の服を一番いいランクにしようとか言い出して」
「誰も見ないわよ、新郎の恰好なんか」
「そうなんだけど、なんだか一人舞い上がってきて、興奮してきて、毎日そんな感じであれもこれもと変えようとか言いだすから、いったい何なの? 二人で決めて納得したじゃないって聞いたら、山里さんがっていうの」
「で、その山里さんてのは、何者よ」
と聞く。
早苗は答えず、明美を見る。車が信号で止まり、明美は早苗のほうを見る。思わず目が合い、明美のほうがひるんだ。
「梓なの」
「梓?(⤴) 梓?(⤵)」
「中学の時の同級生の佐川 梓よ」
「……梓……あの?」
「そう」
「……なんだって今頃出てくるのよ」
「知らないわよ。でも……、春樹さんと同期だったのよ。その時から会社でも高嶺の花で、その会社社長子息と結婚したようなのよ。社長夫人として優雅に暮らしているんだって。春樹さんたちにしては憧れの人で、話しすらできなかったんですって」
「しなくてよかったわよ。毒牙にかかる前に縁が切れて。それが何? なんで接触があるのよ」
「ある日、急に会社にやって来たらしくって、そん時ロビーで会ったんだって。そしたら、その日の昼にランチに二人きりで誘われたんだって。私と同級生で、結婚のお祝いをしたいって言いだしたらしいの」
「なんで、あんたと結婚するって知ってるのよ?」
「梓を見てぼーっとなって鞄を落としたらしいの。その中から定期が落ちて、私と映っている写真が入ってるんだけど、それが落ちたって。拾ってくれて、結婚したのか? って聞かれたんで、今度するって言ったらしいわ。それで、」
「ランチへ行ったのか」
「そう。あの頃となぁんにも変わってなかったけれど、」
「会ったの?」
早苗は首を振り、
「話しを聞いただけ。梓の名前を聞いて吐き気が止まらなかったけどね。あの頃の男子が言っていたのと同じことをしていたのよ。うっとりするような顔で話を聞いてくれて、褒めてくれて、感動してくれるって」
「中学生のころからホステス気質だったのね。それで、旦那はころっと?」
「そう。だって、憧れの人なんだもの。そうなるでしょう?」
「まぁ、そうかぁ」
「相手が梓じゃなきゃ、あたしだって強く出るわよ。でも、梓だけはだめ、」
明美は頷き、馬酔木の駐車場に車を止めた。
「妙子のコーヒー飲もう」
早苗は頷いた。
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