第14話 嵐の前の静けさ

 めったにないことだが、昼の一時を過ぎて客が誰も居なくなった。

 伊乃や春乃たちの言葉を借りれば、朝早く出かけたら、昼過ぎまでここで涼んでいたいのだという。だが、みなが同じような考えだし、昼には、昼食を食べにくる連中がわんさか来るので、退散すると、暑い中出て行くことがしんどいのだそうだ。だから、極力出かけたくないらしい。

 たしかに、昼前あたりから客がどっときて冷たいものがよく出た。その前に伊乃たちは退散したし、近所の常連も「満席だね」とつぶやいて帰っていった。

「しかし、ただ一人で冷房をつけておくのも……とはいえ、今日も30度超えるらしいし、お客がきたら、点けていないわけにもいかないし……。こういう時、電気代が気になる」

 と妙子はこぼして店側のカウンター席に座りテレビを見上げた。

 古い作りだ。といつも思う。テレビが何故か天井からつるした棚の上に置く。皆の視線が必ず上を向く。昭和的喫茶店だ。今はカフェというらしく、テレビなんか置いていないそうだ。おしゃれな音楽が流れているだけだという。

 一度、友達がカフェに行こうと誘ってきたが、家が喫茶店なのに、なぜ金を払ってコーヒーを飲むのか? と別の友達に言われてから、行く機会を逃した。今思えば、あの友達は大きなお世話だった。いろんな店を見て勉強するのは別に悪いことではないのだ。


 妙子はふとセピアにかかった教室を思い出した。

 一生懸命勉強をしていたとは言えないあの教室の、埃と、汗と、奇妙な、独特な臭いが鼻腔をくすぐる。

 暑くても脱げないセーラー服と、夏服なのに分厚いスカート。スカートの裾から下敷きでスカートの中を扇ぐぐ。もわっとした自分の汗のにおいが立ち込めて妙子はすぐに止めた。

 暑い校庭で晃平が大はしゃぎで走り回っている。「あいつには休むというスイッチはないのかね?」といった明美の言葉を思い出す。

「あいつは、妙子のこと好きだと思うよ」


 妙子ははっとして入り口を見る。

「あ、いらっしゃい……」

 そこに居たのは、懐かしい南だった。

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